第四章
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は東京生まれでな。ごっつい巨人が好きらしいんや」
「何っ、巨人が」
皆それを聞いて顔を一変させた。巨人と聞けば捨ててはおけない。巨人は関西では悪の象徴である。甲子園の一塁側で巨人を応援することは死を意味する。関西で巨人ファンに人権はないとさえ言われている。
「そんなん取ったらあかん」
「そやな」
「巨人を好きな奴は別や」
「いらんいらん、そんなん」
「巨人で正力にへいこらしとけや」
そう言ってその話はここで終わった。だが後にその田淵が阪神にドラフト一位指名されて阪神にやって来る。この年から僅か二年後に。彼は阪神の押しも押されぬスター選手となり甲子園の観客達を魅了する。阪神の心を代表するとまで言われた天性のホームランアーチストが巨人ファンであったことは実は有名な話である。
戦いはよりによって延長十七回で四点差となった。これが絶望的なのは誰の目にも明らかだった。しかし甲子園の魔物か神かよくわからない気紛れな存在はここでいつもの気紛れを起こしたのであった。
「代打、辻」
「あれっ、辻って」
「ちゃうちゃう、別の辻か」
「ああ、ダンプか」
ファン達はそれを聞いて納得した。当時阪神に辻は二人いた。一人は今マスクを被っているヒゲ辻であり、もう一人はダンプと渾名された辻恭彦である。そのダンプ辻が出て来たのだ。
ヒゲの辻が闊達な性格であるのに対してこの辻は理詰めの性格であった。藤本はそんな二人を併用していた。闘志を前面に剥き出す村山に対してはヒゲの辻を、観察眼に優れ、頭のいい江夏にはダンプの辻を。それぞれ使い分けていたのであった。
「打つやろか」
「どうかな」
ファン達はあまり期待していなかった。だがその辻がヒットで出塁した。しかしファンはそれでも期待はしない。
「あと四点もあるんや」
「しかもうちのクリーンアップなんてな」
「打つ筈あらへんや」
「そやそや」
そして実際に彼等は打たなかった。遠井も山内も凡打に倒れた。二死である。とても四点という点差は返せそうになかった。皆諦めていた。
「阪神電車ではよ帰れ!」
「御前それリーグちゃうやろが」
「それに広島は電車持っとらへんわ」
「あっ、そか」
当時関西にある球団は全て鉄道会社が親会社であった。パリーグの近鉄、阪急、南海もである。パリーグでは相手球団が負けているとこうした野次が飛んだのである。このファンはそれを真似して自分のチームに野次を飛ばしたのであるが。この時代も阪神ファンの野次は有名であった。対する広島のファンも相当なものであったが。
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