第五章
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「今女房の腹がまた大きくなっておるしな」
「だから余計にか」
「もう足軽はな」
この仕事はというのだ。
「辞めようかのう」
「死ねぬのならそうした方がいいやもな」
為次もそれを止めようとしなかった。
「いや、今みたいな目に遭えばな」
「この戦死んだ者も多いか」
「おそらくのう」
周りを見ると誰もが命からがらといった顔だ、傷ついている者もやけに多い。その有様を見ればすぐに察しがつくことだ。
その中でだ、為次は言うのだった。
「この有様ではな」
「そうじゃろうな」
「とにかく御主はもうか」
「そうしようかのう」
足軽を辞めようかというのだ。
「そう思うわ」
「ならそうせよ、田畑を買ってな」
「百姓に戻るか」
「うむ、そう考えておる」
こうした話をしてそしてだった。
甚吉は戻るとすぐに足軽を辞めてこれまで貯めた銭で田畑を買った、その傍に家も建てて百姓に戻った。その彼に。
倅はがっかりした顔でだ、畑仕事に励む彼に言った。
「おとう、もう足軽にはならないの?」
「ああ、もうな」
「ずっと百姓として暮らすんだ」
「そうする、もう百姓でいい」
そう言いつつ土に鍬を下ろす。
「わしはな」
「足軽だったら格好いいのに」
「ははは、格好いいか」
「戦をして敵をやっつけるんだろ?」
「そうだぞ」
足軽はと言う甚吉だった。
「思う存分な」
「そんな格好いい仕事辞めたんだ」
「そうだ」
「褒美も随分貰えるのに」
「そうだな、しかしな」
「しかし?」
「何時死ぬかわかったものじゃないからな」
だから足軽を辞めたとだ、倅に言うのだった。
「足軽を辞めたんだ、おとうはな」
「死ぬのが怖いの?」
「最初は怖くなかったさ」
だから足軽になった、死ぬのは自分一人だったからだ。しかし今はというのだ。
「けれど今は違う」
「死ぬのが怖くなったんだ」
「おっかあがいておめえ等もいる様になったからな」
それでだというのだ。
「だから百姓に戻ったんだよ」
「そうだったんだ」
「ああ、おめえもわかるかもな」
倅に優しい声で話す。
「死んだらいけねえようになるってな」
「それでおとうは足軽を辞めたんだ」
「そうだ、こうして百姓をするのもいいものなんだよ」
「折角銭も一杯貰えてたのに」
「褒美を貰ってもわしがいなくなったら皆おまんま食えなくなるだろ」
「そのことはね」
倅にもわかった、それで父の言葉に答えられた。
「おらもまだ小さいし」
「それならだ、安心して稼ぐことも大事なんだぞ」
「おらわかんね」
「わかるさ、ひょっとしたらな」
甚吉は倅に笑って言う、そして隣に来た為次に笑顔で手を振る。足軽を辞めた彼は今は百姓に戻って幸せに暮らすのだった。
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