進みゆく世界
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形にして暫く経ったときのことだ」
この世界の人間でなかった男性は、この世界での生き方に疎かった。生きるための術を持たず、金銭が必要となり一つの知識を外に出した。
「きっと、自尊心もあったんだろうね。遅れた技術で生きる人々を見て『なんて不合理なことを』『もっと便利なものがあるのに』『こうすればいいのに知らないなんて可哀想に』。今思えば馬鹿なことだよ」
形にした知識は幾ばくかの金となり、目をつけた商人によってそこそこに広まった。そしてある日に男性は、その商人に古びた蔵へ連れて行かれた。来る権利がある、と。
「そこはね、ある研究者の家だったんだ。研究者は破産し、行方をくらませていた。権利を買った商人が物色しに行ったんだ。追い詰めたのは私の知識だったよ」
蔵にあった本を読んだところそれは研究の成果を記した物だった。その研究者は、男性が出した知識の、それよりもずっと幼い雛形の研究をしていた。積んであった本は何冊にも及び、僅かずつだけれど着実な進歩が記されていた。どんな温度で安定するか、どんな材料を使えば良くなるか。失敗も成功も、全部が記されていた。何年にも渡る地道な成果がそこにはあった。
「出始めていた芽を、私が踏みにじったんだ。数日後、その研究者の死体が見つかったと教えられたよ」
女性は男性の声の奥にある震えに気がついた。泣きたいのに泣けないのだと、そう気づいた。そんな資格さえないと、そう思っているのだ。
「その時代にはその時代の、土壌にあった種があるんだ。少しずつ大きくして技術の水面を、樹を上へと伸ばすのに、私は下からじゃなく上から降りてきたんだ。勝てるわけがない。育ちすぎた種はね、根を張った土の栄養を根こそぎとってしまう。あったはずの他の芽たちは枯れてしまうんだ」
「……確かに、そうかもしれません。けど、それで助かった人も、沢山いると」
蹴落とした人じゃなく、掬った人の数も見ろと、女性は言う。女性自身、その一員だから。
「確かにそうかもしれないね。異世界だからこそ、私のしたことに気づきもしないだろう。けれど、本当なら報われていたはずの人を、異物である私が……毒を撒いて殺したんだ。殺した相手自身も、その毒には気づかずに。きっとあの人は、有能だったはずの彼は、自分の無能さを嘆きながら死んでいったはずだ」
答えから降りてくる相手に、勝てるはずがないのにね。そう男性が言う。
やっと、女性も気づき、理解する。男性が何に苦しんでいるのかを。
「それだけじゃない。他人の成果を奪うという事は、その研究者だけじゃない。私がいた世界の、数え切れないほどの誰かの成果や努力さえも奪っていることに気づいた。そしてこの世界の人は気づかない。してしまった私の行いは、糾弾されることすらない」
とて
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