進みゆく世界
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休むためです。絶対に凄く安心して眠れて、疲れなんか飛びます」
「……まあ、たまにはいいか。原因はオレだしな」
いや、だがやはり。そうブツブツと男性は呟く。
お茶でも飲もう。そう男性が言って女性の拘束を解く。女性がどいて男性は立ち上がり、ティーポットを出してお湯を入れ、紅茶を二つのカップに注ぐ。
女性が出された一つを受け取ると、男性は正面から女性の顔を見つめ、その目元を指で撫でる。
「クマが、出来ているな。いつも苦労をかけて悪い。矢面に立たせるような真似をさせてしまってる。今更だが、後悔したことはないのか?」
「……ずっと、疑問に思っていました。先生はどうして、ボクに全部くれたんですか」
小さく紅茶をすすり、体が温まるのを感じながら女性は問うた。それは女性がずっと抱いていた疑問だった。今なら、その答えが聞けそうだった。
「ボクは一度も、後悔した事なんてありません。疲れたり、大変だったりはあります。けど、先生の役に立てているなら嬉しいです。好きなことをして、お金も、沢山貰えます」
男性はソファーに座ろうとはせず、立ったまま女性の話を聞いていた。
「けど、分からないんです。世間でボクは『無色の魔法使い』って、貴族でもないのに二つ名があります。平民のボクが魔法使いなんて、嬉しかった。けど、違う。だって――」
「――ボクの発明は全部、先生の物だ。化学肥料も、新しい生産方式も、電気や電波も、色んな数式も、全部。先生が教えてくれたんだ。売られていたボクはただの奴隷で、魔法使いは、先生のはずなのに。何で全部、ボクにくれたんですか」
男性はその言葉を、何も言わずに聞いていた。何を言うべきか吟味しているようだった。少しして男性は、ソファーとは別の方に動いた。すぐ傍の、暖炉の横にあった安楽椅子に腰を下ろし、紅茶のカップを両手で持った。ソファーの女性と距離を置くように、椅子に座った。
男性はじっと、カップの中の水面を見つめ続けていた。
「……私は」
少しして、男性は口を開いた。
「私はね、臆病なんだ」
落ち着いた声で、普段とは違った丁寧な言葉で、何時も通りの表情で、けれど泣きそうに男性は言った。
「臆病で卑屈で……そのくせ、自尊心だけはある。そんなダメな人間なんだ」
男性はまるで、懺悔をするかのようだった。ならば女性は必然的に、その告解を聞く神の従者だった。
窓から差し込む夕日は男性の場所まで伸び、朱く染まった男性の姿は影に隠れ、その顔は見えなかったが、泣いているように見えた。
ずっと今まで溜めてきた、心の底の澱を少しずつ掬うように男性は話し始めた。
「ずっと前に話したことがあるよね。私は、こことは違う世界にいたって」
「はい」
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