進みゆく世界
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配する秘書の視線を横目に女性は暫し思考し、書類の山の一部を横にのける。
「確かさ、今日のが終われば、暫く用事はないよね」
「……ええと、はい」
手帳を確認した秘書が頷く。ならば問題ないと、女性はのけたそれらをカバンに乱雑に詰める。
先ほど渡されたのを含め、急を要する物に女性はざっと目を通し、サインをする。秘書に渡し、カバンを持って立ち上がる。
「そろそろ行こうか」
「分かりました」
秘書が、バッグから取り出した棒状のものを女性に出す。
「ただ、その前に寝癖を直しましょう」
国内の貴族、現状の資金提供を受けている相手の屋敷に女性はいた。
高い天井にそこに吊り下げられた装飾の凝ったシャンデリラ。椅子の一つをとっても意匠が凝らされ、外から覗かれぬようかけられたカーテンが無ければ窓から射す光に磨き上げられた大理石の床が光っていたことだろう。
部屋の中にいるのは女性と秘書を除けばパトロンである貴族と、女性と協力関係にある、言うならば現在の同僚というべき仲間が一人、それと貴族の意見役が一人だ。
「説明は要点を簡潔にいきます。詳細は手元の資料をご覧下さい。気になることは随意に質問を」
結局直しきれなかった寝癖のついたままの髪を抑えつつ女性は周囲に言う。壁に映し出された、ボケた画像を木の棒で指し示す。
「前もって知っているかと思いますが、薬莢に関した進捗です。従来の様式である火打ち式は弾の充填が面倒だったので、これはその時間を短縮するものです」
女性は科学者だった。それも、酷く優秀な科学者だ。
女性が発明したものはこの国の生活に根付き、技術レベルを上げるものだった。そしてその功績は数多の分野に及んだ。
細菌と消毒の概念、誘導発電の技術、高純度の精錬法、新種の合金、発酵食品の開発、簡易映写機の発明、ライフリングや散弾の開発、安価でのガラス製造、etc。
庶民の手に届くものから、材料や技術費、手間の面から一部の人間にしか扱えぬものまで、多数の物が女性の手によって開発、或いはその技術や概念が提唱された。
『無色の魔法使い』
あらゆる世界に通じ解き明かしつつ、名誉や保身に汚れることなく。
世界の法則を操る血筋を持たぬ身なれど、その法則に手を入れ作り出す。
故に女性は平民でありながら、貴族にのみ許された名で、そう呼ばれた。
「火薬や雷管などに関しては問題ありません。現状はそれを覆う外殻と、発射時の熱による筒の変形と放熱です。具体的に言うと――」
眠い目を凝らし、滔々と、女性は説明をしていく。
(……めんど、くさ。だるい、眠い。別にいいんだけどなあ、これ)
睨んでくる秘書を見つつ、女性は心の中で呟いた。
礼
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