暁 〜小説投稿サイト〜
魔法世界の臆病な「魔法」使い
進みゆく世界
[1/10]

前書き [1] 最後
「確認をお願いします」

 不意にかけられた声に女性は顔を上げた。
 真っ直ぐな髪の所々に寝癖をつけた、可愛らしい女性だ。長く伸びた髪は机仕事で邪魔にならぬように雑に一纏めにしてある。疲れているのか、声をかけてきた相手に向けた眼鏡越しの瞳の下には隈がある。
 相手から渡された紙の束に目を通す。見れば、どうやら急ぎのものらしい。

「……遅くない、これ。ここに来て増えるとか、気力が」

 机の上にはいくつもの紙の束があった。女性個人ものからそれ以外のものまで。女性自身が目を通さねばならぬ物ばかりだ。
 だが、長い付き合いの秘書は素知らぬ顔を向ける。

「さきほど渡されたものです。文句なら先方にお願いします」
「ボク、死にそうなんだけど」
「そう言ってるうちは死にません。それと、いつも言っていますが」
「はいはい。皆の前ではちゃんと、私、って言うから平気ですよー」

 女性にとっては慣れた事だった。そうせざるを得ない事情もわかっていた故の、たわいない愚痴だった。
 秘書が、溜息を吐く。
 
「お願いしますよ。いくら確かな功績があったといっても、あなたの地位は彼らからすれば酷く小さいのですから」
「長く続いたものを、そんな簡単には変えられないからね。知ってる」

 女性が住む社会において、彼女の地位は高くなかった。王がいて貴族がいる。その制度の中で由来も血筋も無い平民の女性の地位は、高いものではなかった。高貴とされる者たちの髪には特有の色が証ともされたが、女性の髪にはその欠片もなかった。
 女性はその社会のある分野において確かな功績を上げていた。この国で女性の名を知らぬものは少ないだろう。今、女性を悩ます机の上にある書類もそれに関係したものだ。中には貴族の名が入ったものもある。だが、それでも認められる事とは別だ。

「まあ、ボ……私としては、邪魔さえされなければいいか」

 生計を立ててはいたがある種、生きがいとなった趣味や興味、好奇心のそれだった。名声や富の為にやっているわけではないのも大きかっただろう。
 最も、功績のおかげで女性からしてみれば潤沢と言えるだけの資金は持っていた。この家も目の前の秘書への支払いも、その資金で支払っていた。

「会まで時間もありません。そのクマは隠して下さい。それと、食事も取るように」
「分かってます分かってます。大事だもの」

 入ってきた資金のお陰で、昔とは比べられぬほど女性の食事事情は問題がなくなっていた。
 女性が死んだ目で時計を見ると、時間は確かに残り少なかった。だが机の上にはまだ多くの書類が残されている。急を要する物は少ないが、それでも気が削がれる思いだ。
 少しの時間女性は視線を宙に飛ばす。疲れからか自然と口が僅かに空き、とうとう気が触れたのかと心
前書き [1] 最後


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ