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死んだふり
第九章
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頼む、ってな」
「トリか」
 はじめてであった。江本は南海では先発である。東映では敗戦処理の中継ぎであった。こういった時に投げたことはなかった。
「じゃあやったるか」
 気の強い男である。忽ち持ち前のその強さが出て来た。
「エモめ、乗っとるな」
 野村はブルペンから出て来た江本を見て言った。そして今まで投げていた佐藤に対して声をかけた。
「よおやった。今日は御前の働きのおかげや」
「有り難うございます」
 佐藤はそれに対し感謝の意を述べた。そして江本にボールを渡すと静かにマウンドを降りた。
「エモ」
 野村は彼に顔を向けた。
「相手は高井や」
 そして打席にいる高井を親指で指した。
「わかっとるとは思うが下手なことしたら全てが終わる」
「はい」
 江本はギラギラする目で高井を睨んでいた。
(よっしゃ、気では負けとらんな)
 野村はそれを見て心の中で言った。
(ここは思いきったことしたるか)
 彼は決断した。そして江本に対して言った。
「御前の命、わしに預けてくれるか」
「命ですか!?」
「そや、あいつの討ち取り方はわしのここにある」
 そう言って自分の頭を右の人差し指で叩いた。
「わしのリードの通りに投げるんや。そうしたら御前は勝てる。どや」
 そして江本の目を見た。
「わかりました」
 江本は強い声でそう言った。
「わしの命、監督に預けます。存分に使って下さい」
「よっしゃ」
 野村はそれを聞くと満足したように頷いた。
「腹は決まったな。じゃあ勝負するぞ」
「はい」
 その声に迷いはなかった。野村はニヤリ、と笑った。
「御前を南海に呼んで正解やったな」
 そう言うと背を向けた。そしてキャッチャーボックスに戻っていった。
「わしを南海に入れたことをそんなに有り難がってくれとるんやな」
 江本の心に熱いものが宿った。
「わしが今こうしてここで投げとるのも監督のおかげや」
 彼は野村に拾われたことを深く感謝していた。
「じゃあ今、この命監督にくれたるわ!」
 そう言うとボールを握った。力で指が白くなる程に。
 野村は高井を見た。全身から威圧感が漂ってくる。
「やっぱりこういう時には一番怖いな」
 彼は思った。その太い腕には勝負を決めるバットがある。

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