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死んだふり
第五章
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第五章

 第三戦、舞台は西宮球場に向かう。阪急は二線級の投手陣しかいない。ベテラン米田は明日の先発だ。従って南海の先発投手が問題となる。
 南海の先発は江本。野村はその彼の球を受けていた。
 練習も変化球中心である。彼はそれを受けながら考えていた。
「ふむ」
 彼はストレートを受けて考えた。
 江本はあまり球は速くない。だがカーブとシュート、そして独特の変化球エモボールがあった。従ってその投球は変化球中心である。
「ここはこいつに任せてみるか」
 彼は江本の方に歩み寄った。
「エモ」
 そして笑顔で彼に声をかけた。
「今日は御前に任せたで」
「はい」
 江本も微笑んでそれに答えた。彼は野村のリードには全幅の信頼を置いていたのだ。
 敗戦処理だった彼を拾い快く迎え入れてくれた恩を彼は決して忘れてはいなかった。野村の優しさと繊細さが彼は大好きだった。
「あんな優しい人はおらん」
 彼は友人や記者達に対してよくこう言った。
「ちょっと、嘘でしょう?」
 記者達はそれを聞いて思わず吹き出すのだった。友人達もだ。
「あの嫌味な人が」
「嘘だろう!?」
「御前等はあの人のことを知らんのか」
 当時江本はまだ関西弁を完全に覚えてはいなかった。
「わしを拾ってくれた人やぞ」
 とにかく江本はその短気な性格に問題があった。何かと上層部と衝突することもあった。それで東映を追い出されている。
 その江本に彼は背番号十六を与えたのだ。
「監督、これ・・・・・・」
 江本はそれを見て呆然となった。
「どや、ええやろ」
 野村はニンマリと笑って言った。江本が好投空しく負けた試合では彼を褒め打てなかった野手陣を叱った。
「うちで今日デビューやったこいつを勝たせてやれんかったのは口惜しいやろが」
 彼はそれを聞いた時思わず涙が零れた。彼の細かい気配りが非常に嬉しかったのだ。
 野村は決してエリートではない。本当に地味な存在であった。タイトルを幾ら獲得しても日陰者のような存在であった。
「わしやったらノムはあんなふうには扱えんな」
 西本はよくまだ監督をしていなかった野村を見て言った。彼はその風貌のせいかよく鶴岡に言われていた。鶴岡は彼が反骨精神旺盛で打たれ強いと思っていたのだ。
「あいつはあれで繊細やな。そして寂しがりや」
 西本は彼の本質をよく見抜いていた。彼は野村とは違う。立教大学の頃は主将であった。当時の主将は監督も兼任であった。審判の判定に不服で試合放棄をしたこともある。当時から血気盛んな闘将であった。戦争では陸軍において高射砲部隊の将校を務めた。自衛隊ですら足下にも及ばない位の激烈な訓練と戦場を生き抜いた。戦後派はノンプロで選手兼任で監督になっていた。彼はプロだけで監督をしていたのではなかったのだ。

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