第五章
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「ナッパの味しか知らん選手達にビフテキの味を教えてやりたい」
ある時西本はこう言った。その言葉からは滲み出る苦労があった。
その西本だからこそ野村のことがよくわかった。甲子園に出場し法政大学の花形選手で鳴り物入りで南海に入団し最初から人の上に立つ存在としてあった鶴岡とは違っていた。
確かに指導者であった。しかし自分はそうではないと考えていた。
「わしは人の上に立つ器やない」
西本はよくこう言った。これにはやはり同じパリーグの監督である鶴岡の存在もあっただろう。
しかし人を見抜く目は持っていた。そして苦労を知っているだけあって下積みの苦しさも理解していた。
「あいつみたいな奴がホンマは陽の目見るべきなんや」
野村はそれを記者の一人から聞いた。
「西本さんはどうやらわしをおだてて何か聞き出すつもりらしいな」
彼は笑ってそう言った。
「けれどわしは腹黒いからな。そう簡単には手の内は見せんで」
そして記者達をあとにして帰って行った。だが野村は誰もいないところでふと立ち止まった。
「恩に来ますわ」
西本のその言葉だけでも嬉しかった。西本の言う通り野村は繊細で寂しがり屋であったのだ。だからこそ選手達にも優しかった。苦労を積み重ねてきた者や尾羽打ち枯らした者を見棄てることなどできはしなかったのだ。
「野村再生工場はな、不用品のリサイクルや」
こうは言ってもその彼等を手取り足取り教えた。江本も山内もそうであった。
その野村のことをよく知る江本はマウンドに立った。そして野村を見据えた。
「監督、行きますで」
「ああ」
野村はマスクの奥で頷いた。江本は一つしか考えていなかった。勝利しか。
江本は投げた。緩急をつけて阪急打線を左右にかわす。それを見た西本は言った。
「投球変えてきとるわ」
そうであった。野村はペナントとは違ったリードをしたのだ。
「ピッチャーはな、リード一つで大きく変わるんや」
野村はこう言う。確かにこの時の江本はペナントの江本とは別人であった。変化球もあるが緩急をつけて投げていたのだ。
それに阪急は手こずった。逆に南海の打線は好調であった。またジョーンズが打った。そして野村自身も。
「たまにはわしも打たんとな」
阪急の大型打線が南海の小粒な打線に負けた。意外にも南海はこれで王手をかけたのだ。
「これは予想しとったわ」
西本は試合終了後憮然とした顔で言った。日本シリーズでの経験があった。
「しかしうちにはまだ戦力がある。打線だけやない」
今日江本にしてやられてもまだまだ諦めるわけにはいかなかった。
ベンチをチラリ、と見た。そこには米田と山田がいる。
「二勝や」
そして彼は言った。
「仕切り直しや。一気に二勝もらったる」
この二人に任せた、西本は腹を
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