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カナリア三浪
カナリア三浪
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る。
「イイッスね」俺は笑顔を作る。

 俺は裏でまかないを食べている。メールをチェックする。

 変わらない一日をひたすらに過ごすのは、境目のない世界を想像するぐらいのお馬鹿さんを生むよね。

 大人になれば、空気と馴染みが良くなるからだよ。サブロー

「お前らみたいのがいるから眠れねぇんじゃねぇか!」と怒鳴り声が聞こえた。ガタガタとテーブルが音を鳴らす。喧嘩が始まったらしい。
 俺はそれに背を向けて、まかないの五目あんかけを食べて思う。ウォン・カーウァイの『天使の涙』のラストシーンみたいだね。
『主人公』自分の中にあるような気がする。その主人公の魂。体に密着したこの生存している感覚。四肢に脈々と通う魂のエネルギー。それを人にあげる。その心、傲慢。俺の感性は他人にも通じるはずだと思う心、俺にもある。想像で俺はダイブする。観客の波に揉まれて気持ちがいい。人生すべて預けてしまう心持。目を閉じてなすがままの自分を想像して、「ゆったりしている場合じゃないぞ」とフロアに飛び出していった。そこには痛みがあるのだ。

 おっちゃんが若い男に挑んでいた。若い男はテカテカ光った短髪で、スリムなスーツを着て身なりがよかった。おっちゃんはステップを踏んでワン・ツーを繰り出す。それを若い男がパーリングで叩き落す。おっちゃんが間合いをつめると、若い男は前蹴りでおっちゃんを吹っ飛ばす。そんなことを繰り返すうち、おっちゃんの息があがってきた。そこに若い男が踏み込んで、左右の平手打ちを食らわした。俺は「骨法か」と、心の内でささやいた。おっちゃんはしりもちをつき、ふわふわとした目が死んでいた。その脇にでぐの坊が立っている。
「誰か連絡したんですか?」と、俺はテツさんに訊いた。
「いやぁ…」テツさんはボックス席で眠るオーナーを見た。
「もう、誰か連絡してますよ」俺は、店のガラス戸の向こうに立つ女を指した。彼女は携帯に耳をあてている。
 テツさんが下げた灰皿には数本の吸殻。くしゃくしゃにしたタバコのパッケージには見慣れない絵がある。もしかして大麻タバコ? 女の手を引いて店を出てゆくオーナーは、浪人生のようにダサかった。

 警察が来て事情を聞いている。マネージャーが説明をしている。
常連さんは、随分酒が入っていた。揉め事を起こしたのは常連さんで、相手は三人。二人は年齢五十過ぎで、さっき逮捕された若い男の上司みたいだった。上司の一人が携帯で大声を出していた。「ハチケイ? ハチケイ? でかい仕事するね」と、言ってメモ帳に何かをメモしていた。逃げた二人は初めての客で、面識は誰もなかったと思う。
でぐの坊にも質問している。
「君が止めに入ればよかったのに」と警官が言った。
「男には闘う心が必要なのです。優しさも、奥深さも闘った男の勲章からくるものですから」
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