カナリア三浪
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のよ」おっちゃんは苦痛らしいものを、ウィスキーを吟味するように味わっている。「主人公の苦しみを知っているか?」とたずねられた。「自分の感動をすべて捧げるのさ」
俺は黙って、ジントニックを作っていた。若いバーテンが教えてくれたんだ。氷の下を持ち上げるようにかき混ぜるんだ。かき混ぜすぎたら炭酸抜けるからね。ジントニック。松の実。
「感動を、感性をすべてあげちゃうの。そこには快楽があるわな」
「心地良いんですか」
「何が?」
「感動もらって…」
「そんなもん気持ちよくなければ受けとらんべや。受け取った奴らはむさぼった。甘い木の実を食べるみたいに、踊り狂った。ヤリにヤリまくった。セックス。薬。快楽に溺れ足らずに、さらに火を注いでな。そこで俺は感じてたんだわな。快楽をむさぼるのが罪といえる世界は、人間に瑕疵があるからだ。快楽は人間の心が神に届く時に現れる。不完全な人間のそいつは神様の鼻をつき、その人間の人生を変えちまう。二度と、君は私のところに来るなってさ。俺はそれを感じていたんだな。人間の悪の部分をずっと感じてたんだ」
俺はテツさんに『カシ』って何ですかと訊いた。『欠陥』と教えてくれた。
「いま、俺が酔えないのは、誰かが人生に酔っているからだ」
おっちゃんはもう何杯ウィスキーを飲んだか。顔が青白くなっている。
「いま、あげてるんですか?」
「いまもあげてる」
「苦しいんですか」
「後頭部のあたりがな。そこはスポーツバカにあげちまった」
俺は、汗だくのおっちゃんが舞台の上で激しくタップを踏んでいるところを想像した。おっちゃんはもしかすると童貞なのかも知れない。
「足を痛めてなお走り続ける、マラソンランナーに感動した」
「感動あげたんじゃないんですか?」
「いや、それで知ったんだ。心を捨てて頑張ると、人を感動に導くんだなと」
「それが…それが」
おっちゃんは自分の胸に指を立てた。「全部捨てちまった」すわった目でつぶやく。「みんな金メダル…優勝請負人…」
「えっ? 何ですか?」
「今なら、レイプが罪だって言えるな」
俺は、過去に捨てちまった物を探してみた。強く探らないと思い出せなかった。嘘をついたときの罪悪感は捨てちまったかな。その感覚は愛とセックスに混じりあって見つけることが出来なくなっていた。国境の線はますます曖昧にみえる。
「他人にあげちゃうんだから、自分は空でしょ? 感じますかね」
「失うことの恐ろしさ知らんのか」
俺は、鎌田さんを思い出す。確か、何かを奪って行った気がす る。
「感性を失くして生きる意味を知らんのか」おっちゃんは目を丸々と開いて言う。「それはな…サンドバッグに訊いてくれ」
「おっちゃん。目尻が重力に負けてますよ。米神の所キュッと持ち上げてみてくださいよ」おっちゃんは指で目尻を上げ
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