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カナリア三浪
カナリア三浪
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ますと伝えておいた。鎌田さんは、背は俺より低いが、上半身にボリュームがあり、ケツが小さくパンツに押し込められている。これまでの人生で、よほど愛想笑いしてきたのだろう。目尻に深いしわが刻まれて、顔の肉が幾分硬直していた。本気で笑っても頬肉が表情を欠いていて、怖い人と思われるかも。
「歌ってよ」と鎌田さんは言う。
「テストですか?」
「聴きたいね。声をね。カナリヤって呼ばれてたんだからね。聴かないとね」
 俺もその気だったから、何を歌うか考えていた。初めジャブを喰らわすように、小池玉緒の『三国志ラブテーマ』を選ぼうとしたが、「メジャーなのが良いよ」とうながされて、ビリー・ジョエルの『ピアノマン』を選んだ。この歌はキーが上がると俺の
テンションも上がる。
鎌田さんはジャケットを脱いで腕をソファについた。ノースリーブのシャツからあらわになった上腕三等筋が威圧的に盛り上がっている。艶やかでキレた肩の筋肉からあふれ出る色気が俺の胸をえぐる。それは経験を積んでだらりと垂れ下がった陰茎ではない。若さと熟練が絶妙に混ざった琥珀色をした魅力である。好き者の女に降るような、好色の雨が、痛く俺に降る。横顔を見ると鼻筋が通っていてサメのように鋭角である。左手首に巻かれた時計。雑誌で見たことがある。パトリス・ルコントだか、フィリップモリスだか、そんな名前だ。俺は腹の奥、丹田に力を込めて歌う。たっぷりと負けん気を含んだ筋肉が心にまとわりつき、詩の儚さが次第に固い異物へと変わってゆくのが感じられた。俺の魂を拠りどころにして集まる言葉たちよ、燃えてこの波間に消えゆかぬように。俺が消えてしまうではないか。せめてロウソク岩のように光を灯したまえ。そんな心とは裏腹に、俺の魂は五〇tのバイクのように軽かった。歌い終わった後、「脳天から誰か生気を吸い上げませんでしたか?」と聴きたくなるくらいだ。 
「歌声ってのはさ、聴いている相手を主人公にしちまわないといけない訳だな。つまりさ、聴いている人間の心に染み入ってさ、心の核を震わして、何か目覚めるような、覚醒させるような、そんなものがないといけない訳」鎌田さんは続けた。「歌声は魂の最小公約数を含んでなきゃいけない訳さ。どれだけでかい声でも、偽者に着物着せちまっては、それはばれるのな。いつの時代の歌が好きよ?」
「九十年代から二千年代ですかね」
「歌っていて、好きなの?」
「答え出したいんですよ」
「アンサーソングみたいな?」
「あの頃の歌がなかったら、歌の世界には入らなかったから」
「その時代の何がすきなのさ」
「今、鎌田さんが言った、『主人公』の感じ…」
「そんなもんは、忘れちまえ。俺たちは今、その時代を忘れるために曲を作っているの。あの時代はいく分行き過ぎたきらいがある。人間のさ、自らの存在が絶対であると信じたいって心を爆
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