「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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った。「こんなに燃えないのか」タノムは自分自身がが悪いのかと思ったけれど、それほど罪悪感は無かった。
小豆を炊く。タバコを吸う。小豆を食べると、タバコの毒味がよく分った。小豆もやめず、タバコもやめず、タノムはぼぉっと毒が染み入るのを感じていた。タバコの煙は空気の境目を見せてくれる。興味深い。中村ちゃんはきっと野菜スープを飲んでいる。
「中村。野菜スープは美味いか? 野菜は肉より劣るか? 昔の人は、位の低い人は、野菜を沢山食べたってよ。そしたら、えらい人より賢く、強くなったってよ。俺は思う。数ある穢れた魂は、肉体を離れたときに、太陽に葬り去られる。そして熱として燃えるんだ。そのエネルギーが地球に降りそそぎ、野菜が育つ。つまりな、野菜ってのは、人間に罪の味を知らせてくれる大事なもんだ。よく食え。中村。お前が、あのリングに立って、激しく興奮して、ひたすら殴り合って、なおかつ、邪心が、穢れた心が漏れなかったら、お前を、真のボクサーって呼んでやろう。いいか? 全部飲め」
会長の目が澱んでいる。その向こうに、何故か、真実が、あるような気がした。中村ちゃんはいい奴だ。その澱みが、未熟な感性が生み出した冷たい不理解、ともすると辛辣な現実によって作られたものだと知る。そのわずかな目の光にかけてみようと、思うほど、中村ちゃんは善人なのだ。
「中村ちゃん。肉体って世界なんだな。大きいのも、小さいのも、世界の現われなんだ。イケメンも不細工も、その魂が、どこに触れているかの現われなんだよなぁ。でもなぁ、中村ちゃん。俺、思うんだ。階級って平等のようで『かき回す』って事だと思うんだよ。それは、言い換えれば、時代って事かもしれない。ありとあらゆる意味で人間は世界を『かき回している』んだと思うんだよ。ああ、ボクサーは身体を絞っていろんな世界に行く。そして、その世界を体現しているのかもな。分らない? つまりさ、62`の身体ならさ、その62`の世界を濃密に表現したのがボクサーの身体な訳だよ。その世界の中で、繰り出されるひとつひとつの行為が、何かしらの、言ってみたら、本当の、『ホンマもん』の62`の世界な訳よ。『時代』? それが納得いかない? いわゆるさ、『縛り』よ。どうあがいても変えられない『縛り』よ。おそらくは変える事のできない、肉体の本性と、絶対に変えることの出来ない『生れ落ちた時代』その一点で生きる人々。その集まりが俺ら。何故か俺たちはその不自由の中であがくんだ。大きくなって誤魔化すか? 絞りに絞って突き抜けるか? なんかよう、身体が締まってこねぇか? ここで頑張らなきゃ、突破口がない。そんな気にならない? この身体で生み出したもんに、誰も首を縦に振らなかったら、腹切るぜ? みたいな。中村ちゃん。いろんな世界が見えないか? ほんの一口で意識を変える美味な喰いもんみた
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