「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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動かねぇ相手なんていねぇ。お前のパンチみたら後ずさるべや」トレーナーは、わざと遠い位置にミットをかまえて相手に足を使わせる。これは見ているよりかなりハードかも。
「君、次のラウンド終わったら、ミット。行くからね。名前なんていうの?」と、タノムが言った。
「イースケです。多分、ノー・サンキューです」
「ノー・サンキュー君、行くよ」と、タノムは言う。「ダメだと言ったら、やらせるんだから。ダメだと確認するまでダメじゃないから」
「死ぬわけじゃねぇ。死ぬわけじゃねぇんだ……」と、会長がつぶやく。簡易バンテージとパンチンググローブを用意している。イースケは傍観者の立場から中心部に押し出されるような、「あれ?」という気持ち。この仕事、確かに『世の中の真実を暴く』という趣旨だけれど、ずっと距離を取ろうと思っていたから。
「ありがとうございました!」ハードパンチャーの声が響くときにはもう、イースケは靴下を脱がされて、上半身はタンクトップになっていた。
「バンテージって、包帯のばっかりじゃないんですね」イースケははめられた赤いバンテージを見ながら、「この指を通した所のちょっと上、厚くなってますよ。これクッションですか?」「パンチンググローブって親指、出るんですね」「拳ダコってすぐ出来ます?」
イースケは、そんなことを上ずりながら喋っている。少々顔が狐っぽくなった。会長は、その行程を「えぁ! えぁ!」と行った。イースケは『と畜』されているみたいだから、抵抗できなかったのかな、と思う。リングに上がる。ロープをまたぐ仕草が、なんだか意気揚々としていた。
イースケはミットを打つ。打っているうちに、イースケの身体に気が乗って、マッタリとその心を強く、鈍くした。「グローブ上げて。ガード!」と、言われても反応せず、思い通りの速いパンチが出なくても焦ることもない。パンチを打つ度に、頭の中に「えぁっ、えぁっ」という声が響くだけだった。
「カメラはだいたい、赤いボタンを押せば映りますから」イースケは会長に言う。
「ラウンド終わりは、『ありがとうございます』ね」タノムはイースケに言う。
「世界の頂点って、結構 近くない? みんな真面目にジャンプすれば届かない?」イースケは心の内で誰にとも無く問うた。
「汗、かかないっすね」中村ちゃんが、イースケに言う。
「クールだから」とイースケは笑う。
北海道の夏が暑くなった。これでは避暑とは言えない。『観光大使』の事を思った。日本各地には『観光大使』がいるのだ。心地よい空気、美味しい食事、うっとうしくない人いきれ、楽しい風俗体験。『観光大使』は、その土地に入るものにそれらを提供する。そんな力を持った人間がいるのだそうだ。イースケはそう聞いていた。あの地味な女の子で、勃起するだろうか?
二ラウンド目に、タノムはイースケの緊張
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