「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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、あごに滴る。そう、この光景を若い二人は笑っていたのだ。
「ねぇ。カメラ持ってるんでしょ? テレビでしょ? ネットでしょ? 撮ってよ。これ、これ」と、タノムは言う。
イースケはカメラを急いで準備する。レンズを向けると中村ちゃんは目つきが変わった。少し澱んだ。その向こう、坊主頭のゴツい男がニコニコしてシャドーボクシングをしている。イースケは「カッコよく撮るからね」と、トレーナーの後ろに回って、カメラを上に持ち上げ、ふかんで中村ちゃんをとらえている。
「ミット打ちって、結構 足使うんですね」イースケは後ろを確認しながら後ずさる。横にステップを踏む。
カメラが大きくぶれるので、少し離れた場所から。
「パンチ打つと、汗が飛び散るんですね。激しいっすね!」イースケはそんなコメントを入れる。ラスト三十秒のブザーが鳴る。カメラでデジタルのタイマーをおさえる。
「ハイ! ラスト!」
中村ちゃんは、タノムのミットに、ワン・ツーを叩き込み続ける。若い男二人は笑っていないようだ。
「中村ちゃんの中にあった澱みが、気合で若い男二人の中に入ってゆくのです」ラウンドの終わり。イースケはそう思った。
「中村さん。中村さん、でいいですか? プロですか? 何ラウンドのボクサーですか?」イースケの質問に、サンドバックを前に息も絶え絶えの中村ちゃんがうなずいて、グローブを上げた。イースケは指を立てて「3?」と訊いた。中村ちゃんは首を振ってまたグローブを上げた。そのグローブの中で指を立てているのだろう。「4?」と訊くと、「はへ」と答えてくれた。「ああ、プロですか。C級ですか。ありがとうございます」
イースケは壁にある選手、練習生の名簿を映しながら、会長の顔をとらえたりする。会長は窓を開けてタバコをふかしている。なるべく情報を多くしたい。どこに八百長の情報があるか分らないから。
インターバルが過ぎて、ブザーが鳴る。三十秒。
「一分じゃないんですか? インターバル」
中村ちゃんが手を上げて、「あの人、パンチありますよ」と言った。リングでイカツい坊主頭の男が、「お願いします!」と叫ぶ。筋トレをしていた地味な女の子の目が潤った。それもまたカメラで追う。
「腕、折れるんすよ」と、中村ちゃんが言った。「ミットであのパンチ受けたら、折れるんすよ」苦く笑いながら、中村ちゃんはサンドバックを軽く叩く。次第に強くその後、弱く。ハードパンチャーのミットの音が響く。革と革のあたる乾いた音の後に、低い衝撃音。「遠くで大木が倒れました」みたいな音。
地味な女の子、ミット打ちしないかな。このハードパンチャーと女の子の映像。メリハリあるな。メリハリ。若い男二人はミット打ちを見ながら、力こぶを見せ合って、うなり声を上げて笑っている。
「足は弱いっすよ」と、ハードパンチャーが言う。「
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