第十章
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だが。だが、である。
それはエモボールではなかった。ボールになるストレートであった。
「なっ!?」
高井は愕然としてだがバットはもう止まらない。
ボールがバットをすり抜けていく。そしてそれは音を立てて野村のミットに収まった。
「よっしゃあ!」
野村は思わず声をあげた。そして笑顔で立ち上がった。
「優勝や!」
マウンドにいる江本がガッツポーズをしている。彼のもとに南海ナインが殺到する。
「監督、やりましたよ!」
「エモ、ようやった!」
二人は抱き締め合った。決して小さくはない野村だが江本の長身に隠れてしまった。
「胴上げや、監督を胴上げするんや!」
誰かが言った。そして野村は天高く舞い上がった。彼は満面の笑みで宙を舞った。
「してやられたわ、最後まで」
西本は宙に舞う野村を見てそう呟いた。
「大した奴やで。山田どころか高井の頭の中まで読んどるんやからな」
少し溜息が混じったような声であった。
「そしてわしの頭の中もな」
西本はここで一旦口を締めた。
「山田も高井もわしが手塩にかけて育てた連中や。その二人の頭の中を読まれた、ちゅうことは」
頭の中で呟き続けた。
「わしの頭の中も読まれたということや」
そこまで思うと踵を返しベンチを去ろうとした。
「まだまだわしも甘いな。だから負けてしもうた」
六度のリーグ優勝、だが日本一にはまだなっていない。
「その甘さがそうさせとるんかの」
フッ、と笑った。そしてベンチを出た。
「その甘さをなおさんと日本一にはなれんな。わしもまだまだや」
そして監督室に消えた。西本の阪急の監督としての最後の試合であった。
このシリーズに優勝した南海は結局巨人との戦いに敗れる。その時野村は言った。
「死んだふりやない」
「それはどういう意味ですか!?」
記者達が尋ねた。
「そのまま死んどったんや」
それがそのシーズンの彼の最後の言葉であった。まことに彼らしい毒とユーモアのある言葉であった。
「あいつらしいな」
西本はそれを聞いて笑みを浮かべてそう言った。彼はこの時背広で藤井寺に来ていた。
「ここがわしの新たな戦いの場か」
近鉄バファローズ。関西の弱小球団に過ぎないこの球団の監督になることが正式に決定したのである。
それから西本の新たな戦いがはじまる。そして近鉄は彼により生まれ変わり真の意味での猛牛となるのであった。
死んだふり 完
2004・7・16
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