第一章
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であった。
華麗なアンダースローから繰り出されるノビのある速球、キレのあるカーブとシュート。抜群の安定感とコントロールで相手バッターを寄せ付けない。しかも育ちがよく眼鏡の似合う知的な美男子であった。性格も素直で真面目だった。将に天から二物も三物も与えられた男であった。
そんな男が監督の気にいられない筈がない。当時南海だけでなく関西球界にその影響力を誇っていた南海の監督鶴岡一人は彼を溺愛した。野村は四番で正捕手だったがあくまでナンバー2であった。
こういう話がある。昭和四〇年南海はリーグ優勝を果たした。だがシリーズでは王と長嶋を擁する巨人に惨敗した。
鶴岡は責任をとって監督を辞めることになった。次の彼の行く先は大洋か、東映か、と話題になった。だがここで一つ異変が起こった。
何と鶴岡の後任であった蔭山和夫が急死したのだ。野村を信頼していた彼は死ぬ間際にこう言った。
「野村に連絡してくれ」
それを聞いた野村はすぐに動いた。選手を代表して鶴岡に南海の監督に復帰するよう申し出たのだ。だが間が悪かった。野村という男はここぞという時に運命の女神にふられることが多いのだった。
この時鶴岡は帝塚山の自宅にいた。そこで酒を飲んでいたのだ。
「監督、南海の監督に戻ってくれまへんか」
野村は彼に対して言った。
「今何言うた!?」
鶴岡は彼に対して言った。酒も入っていた。しかも急に言われてさしもの彼も動転していた。
「御前三冠王になって少しいい気になっとりゃせんか!?」
このシーズン野村は戦後初の三冠王に輝いていた。そして文句なしの最優秀選手であった。
「えっ、それは・・・・・・」
野村は最初何を言っているのかわからなかった。単に彼に監督になってもらいたいだけなのだった。
「ノム、言っとくがな」
鶴岡は酒に酔った目で野村を睨みつけた。
「三冠王で自惚れるんやないぞ、ホンマの意味でチームの優勝に貢献したのはスギや!御前はスギの引き立て役に過ぎんのや!」
「そんな・・・・・・」
野村は目の前が真っ暗になった。何故ここまで言われるのかわからなかった。
この時杉浦は二度に渡る血行障害で投球制限が課せられていた。だが今でいうストッパー的存在として活躍した。鶴岡はそんな杉浦をあくまで庇っていたのだ。
だがそれを野村に言う必要はなかった。鶴岡は酒と動揺により言ってはならないことを言ってしまった。これで野村と鶴岡の縁は切れた。
外見に似合わず繊細な男である。それに心優しかった。
彼はエリートよりも雑草を愛した。疲れ果て他球団を捨てられた選手と見捨てるような男ではなかった。
「わしのとこに来るか」
戦力外通告を受けた選手にそう声をかけて南海に誘った。そして彼等を見事再生させたのだ。俗に言う野村再生工場である。
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