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蒼き夢の果てに
第5章 契約
第83話 舞踏会の夜
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て居た曲も突然、終焉を迎えた。

 それは見事な。本当に、この曲を初めて聞いたとは思えない見事な重なり。時間にして十二,三分の間に作り出された曲とふたりの世界が今、終焉を迎えたのだ。

 そうしたら……。

「それでは御嬢様、御手をどうぞ。いざ、踊らん哉」

 右手を差し出しながら、やや時代がかった口調でそう告げる俺。
 今度は俺たちの番。まして、次の曲はワルツの王道。

「喜んで」

 表情は何時もの彼女。肘まで隠れる絹製の長手袋に包まれた彼女の繊手も普段通り、少し冷たい印象。
 しかし、今の彼女に関して言うのなら心なしか表情の一部と化した冷たいガラス越しに見える瞳に、柔らかな色が浮かんでいるように感じる。

 重ね合された彼女の左手を取り、普段の彼女とは違う……。いや、タバサがいない時は、常に其処に存在している右側に彼女を感じながらホールの中央部へと進み行く俺たちふたり。
 そう。先ほどまで、真なる貴族ふたりが占めていたこの舞踏会の主役が存在するべき場所に。

 目礼のみで、ジョルジュが俺に場所を開け、
 タバサが少し俺の顔を見つめてから、湖の乙女へとその場所を明け渡した。

 左手で彼女の右手を。右腕で彼女の細い身体を抱き寄せ、ワルツの基本の形を取った瞬間、流れ始める音楽。
 ワルツとしては定番の、俺に取っては耳慣れた音楽。
 しかし、ここハルケギニア世界の、更にガリアでは未だ生まれていない新しい楽曲。

 流れ行く音楽がイメージさせる物……それは春。
 辛い冬が終わり、すべての生が跳ねる春の丘。
 あらゆる悩みも、愁いもすべて過去へと過ぎ去り行く季節。

 俺の左足がすっと前に動かされると、
 それに相対する彼女の右足が、そっと後ろに引かれる。
 リードするのは俺。俺の鼓動がリズムを刻み、
 彼女の絹のドレスの裾が、ターンを繰り返す度に、優雅にひらめく。

 世界と音楽が漣のように打ち寄せ、周囲の貴族。おそらく、タバサとジョルジュの視線も強く感じながらも……。
 この手を取り、俺を信じて付いて来てくれる少女を導いて行く。
 まるで、波を避けながら水際に遊ぶ子供のように軽やかなステップで……。

 周囲に感じるのは春の暖かな風。
 そして、喜びに溢れる優しい吐息。
 雲雀が高く舞い、花々が咲き乱れる春の園。

 一心に俺を見つめる少女の、澄んだ湖に等しい瞳を覗き込む俺。
 目と目。吐息と吐息。
 お互いの動きが滑らかに溶け合い、そこに新しい世界がまた産み出される。

 その瞬間、彼女のくちびるが小さく、何かの形を作り上げた。
 優しい言葉の形を。
 当の本人。俺さえも忘れて居た事を思い出させる……。着飾った、体裁を取り繕った俺の心に春の陽光が差し込んで来た
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