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秋雨の下で
第九章
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第九章

 結局それが流れを完全に大洋のものとした。大毎は圧倒的な戦力を誇りながらも三原の奇策の為に一敗地にまみれたのであった。
 これに激怒したのが大毎のオーナー永田雅一である。彼はまず西本に電話で怒鳴りつけた。
「何であの場面でスクイズだ!うちは打線のチームだぞ!」
「このチームのことは私が最もよくわかっています!だからスクイズを命じたんです!」
 西本も引き下がらない。彼は相手がオーナーであろうと臆する男ではなかった。
「その御前に任せてこういうことになっただろうが!これはどういうことだ、このバカヤローーーッ!」
 永田も頭に血が登っていた。思わず罵声を浴びせてしまった。
「バカヤローーとは何だ、取り消して頂きたい!」
 永田は取り消さなかった。かわりに電話を叩き切った。これで西本の解任が決定した。
 そうしたことがあった。だからこそ誰もがこの場面でスクイズなど考えられもしなかった。このコーチもそうであった。
「信じられんか」
「そりゃまあ」
 そのコーチは古葉の言葉にまだ首を横に振っている。
「まあ見とけ。西本さんは絶対にやってくる」
 彼はそう言ってキャッチャーの水沼にサインを送った。水沼はそれを横目で見ていた。
「そじゃろな」
 水沼もそれはわかっていた。そしてバッターボックスに入った石渡を見た。
「おい」
 そして彼に声をかけた。
 石渡は答えない。だが二人は実は古い知り合いであった。
 二人は同じ中央大学出身である。水沼が先輩、石渡が後輩である。しかも同じ部屋に住んでいたこともある。
「何球目で仕掛けてくるんじゃ」
 水沼は彼に対して言った。それを聞いた石渡の顔色が変わった。
 彼にも何を言っているかわかった。だがこの時彼にそのサインは出ていなかった。
「何のことだか」
 石渡はそう言った。実際にこの時彼にはスクイズのサインは出ていなかった。西本はストライクを思いきり振れ、としか言っていない。
「そうか」
 水沼はそう言うと彼から視線を外した。だが彼はスクイズがある、と確信していた。
 この時西本はスクイズは全く考えていなかった。ただ石渡に振れ、とだけしか言っていない。
「監督、どうしますか」
 その証拠にこの時コーチの一人が尋ねてきてもこう言った。
「あいつのバットに全部任せた」
 西本も腹をくくっていた。石渡に絶対の信頼があった。彼もまた西本が一から育て上げた男なのだから。弟子を信頼しないような西本ではなかった。
 だが。自分の考えが伝わっていないとしたら。それは有り得ることであった。だが西本はこの時はそう考えてはいなかった。
 江夏は石渡を見ていた。そして何かを感じていた。
(スクイズだ)
 彼の脳裏に咄嗟に浮かんだ。
(絶対スクイズで来る)
 古葉や水沼
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