第一章
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の熱意にようやく応えてきた。このシーズンでは数多くのホームランを打ちチームの優勝に貢献している。西本はその彼に対して言った。
「初球から行け」
「わかりました」
羽田は頷いた。そしてゆっくりと右打席に入った。
「まずは様子見やな」
江夏は初球は軽く見ていた。確かに羽田は強打者だ。しかしだからといって臆する江夏ではない。彼はこれまで多くの強打者を屠ってきたのだから。
長嶋茂雄、王貞治。巨人の黄金時代を支えた二人の男に正面から立ち向かっていたのである。
「御前は王をやれ、長嶋は俺がやる」
かって阪神のマウンドをその凄まじい闘志と気迫で支えた伝説の大投手村山は彼に対してこう言った。村山はあくまで長嶋を終生の敵をみなし闘ってきた。だがあえて江夏に王を任せたのである。
左対左、という意味もあった。だがそれ以上に村山は江夏のピッチャーとしての卓越した力を見抜いていたのである。
「この男ならやれる、絶対にあの怪物を抑えられる」
村山は確信していた。そして江夏はそれに応えた。彼は村山と共に甲子園のマウンドに仁王立ちし巨人の前に立ちはだかり続けた。だがそれも昔の話である。
「まさかまたこの球場で投げるとはな」
シリーズでこの球場に来た時江夏はふとそう思った。彼は愛する阪神から南海に南海のエース江本孟起との交換トレードで南海に入ったのである。
「ずっと甲子園で投げたかったんやけれどな」
彼のその想いは現役終了まで変わることはなかった。引退の時には阪神のユニフォームを着て記者達の前に姿を現わした。それこそが彼の常に変わらぬ心であった。
だが南海で彼は変わった。当時南海の監督を務めていた野村克也にストッパー転向を命じられたのだ。
「わしは先発や、先発で投げな何処で投げるねん!」
「まあ聞けや」
野村はそんな江夏を丹念に教え諭した。その陰気そうな外見とマスコミの前での嫌味な口調から彼を誤解する者は多い。だがその実は繊細で人の苦労をよくわあkる人物なのである。
「わしは嫌味を言うのが好きで好きでしょうがないんや」
世間に対してはこう言う。だがその内面はまるで違っているのが野村であった。
それは彼の生い立ちに関係があった。野村の父は彼が母のお腹の中にいる時に日中戦争で戦病死している。当時の戦争ではよくあったことである。そしてそういう時代であった。
野村の母は病弱で寝たきりであった。兄が働いて彼を養っていた。
「母ちゃんや兄ちゃんに迷惑かけるわけにはいかんわ」
彼はそう思い南海にテスト入団した。彼の身体を見た当時の南海監督鶴岡一人が壁に丁度いいという理由で採用したのだ。当時キャッチャーとはピッチャーの球を受けることだけが仕事だと考えられていた。
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