第五章、2の3:エルフとの離別
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肉体が闇に隠れ、その反対側から玉座の取っ手らしきものが見え、亡骸と同じように人の形をした何かが座っているのが見えてきた。またも誰かの亡骸なのかという慧卓は、その者の顔を見て大いに驚く。
「な、なんで。なんでだ!なんで『彼女』がそこにいる!」
『セラム』に来てからの最大の衝撃であった。そこにあったのはうら若き女性であった。その衣服は慧卓の『現実』にある、学生服の恰好である。彼女が慧卓にとって特別な存在であるのは、その可憐な表情がころころと変わる事を知っていたためだ。その艶やかな黒髪と太陽のような笑みを知っていたからだ。この世界ではそれらは夢の中でしか感じられず、時には自らの郷愁を掻き立てるものがあった。だが常にその笑みは自分の生きる意思にさらなる輝きを与え、『現実』への帰還に対しての希望ともなった。彼女の笑みはまるで暗い月光のように静まり返って閉ざされていたが、払暁さえ迎えられればまた受けられるかもしれないと考えると普通なら胸が高鳴ろうもの。
だが『現実』はそうではない。この危険に満ちた異形の世界に来るのは選ばれた人間だけ、自分と熊美だけでよかった。中世波乱の欧州を彷彿とさせる殺伐とした命のやり取りに魔術という科学に代わる最強の兵器は、異界の人間にとって脅威に他ならない。平和の時代に安住していた彼女にとっては酷過ぎる。来てしまっては駄目だったのだ。そんな冷たい玉座に座ってはならない。慧卓の胸は何時になく張り裂けそうになる。
ふと、マティウスがその女性に近付く。手を伸ばせば触れられそうな距離。慧卓はたまらず激発した。
「てめぇっ!!『実晴』から離れろぉっ!!」
「おや、代わりに王女を連れてくればもう少し冷静でいられたか?しかし、お前も中々に性根が腐っているな。身体を重ねた女達よりも、たった一回キスをしただけの女の方が大事で、しかもそれと同じくらいこの女を好いているのだろう?近ごろの若者は好色でいかんな」
「いいから離れろっ!殺すぞ糞爺!!」
マティウスは無視して、ぐいっと女性の顎を掴んで面を上げさせる。千川実晴の水仙のような瑞々しい顔が露わとなった。
無遠慮に顎を使って観察する様は慧卓に怒りを齎す。渾身の力をもって手足の拘束を千切らんとするが、糸が僅かに肉に食い込んだだけでびくともしない。痛みが彼を更に憤慨させ、最後の手段を使えといわんばかりに誘惑する。
慧卓が覚悟を決めんとしたその時、マティウスは口端を歪めて言う。「いい女だ」。
「この顔付は生娘のものではない。ゆえに美人だ。お前が好くのがよく分かるぞ。うむ......興味深いな。いっそこの娘も私の奴隷とするか。前と同じように、一度殺してから......」
「っ!!」
心が一気にクリアとなる。マティウスに対する激しい敵意だけが頭を支配して、胸が噴
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