第一章
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まあ一時みたいな強さは感じんかったな」
「あおやな。ちょっと前までの西武やったら負けとったかも知れん」
五日の試合は一点差で近鉄の勝利であった。
そこでファンが微かに感じたのがそれであった。
「デストラーデがおらんからな」
西武の黄金時代を象徴する男の一人であった。陽気で大柄なキューバ出身のスラッガーである。秋山幸二、清原和博と共にクリーンアップを組んでいた。
「しかし鈴木健がおるで」
西武の期待の若手だ。バッティングセンスの良さで知られている。
「あいつはデストラーデ程怖ないしな。それに今一つ西武に合っとらん気がする」
「そういえば」
これは後に的中する。鈴木健はヤクルトにトレードで出され、そこで思いもよらぬ活躍をするのだ。彼は満面に笑みをたたえてヤクルトに来てよかった、と言った。
尚西武から他の球団にトレードで出た選手は多い。先に挙げた秋山はダイエー、清原は巨人に行った。二人共その球団に完全に馴染んでいた。秋山はダイエーでは誰もが一目置くチームリーダーであり王貞治からも絶対の信頼を置かれていた程である。
セカンドの辻発彦もヤクルトに行って復活した。バントの名手平野謙はロッテに。奈良原浩は日本ハムに。吉竹春樹は阪神に帰った。やはりこうして見ると人材流出が激しい。工藤公康もダイエーから巨人に移っている。これだけの主力の放出をフロントが一切止めていないのもまた妙ではある。
だがこの時はそのキラ星の如き人材が揃っていた。西武はまだまだ圧倒的な強さを誇示している筈であった。
しかし何かが違っていた。どうもあの強さや覇気が感じられないのだ。
「とにかく今までの西武とは何かちゃうで」
その老ファンはまた言った。
「優勝にプレッシャーなんか感じへんチームやけれどな」
何度も優勝しているチームはもう慣れたものである。マジック一だからといって緊張することはない。
「ただ、何かがちゃうんや」
そして西武のベンチを見た。見れば普段と全く変わりのない西武ベンチであった。
「渡辺の調子はどうだ」
西武の将森祇晶はコーチの一人に今日の先発である渡辺久信の調子を聞いていた。
「いいですよ。今日はいけます」
「そうか」
森はそれを聞くと頷いた。
「では今日で決めるとするか」
「はい」
彼等は今日で優勝を決めるつもりであった。
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