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無慈悲な時の流れ
第四章
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西武ナインはテレビを観ながら口々にそう言った。
「ああ、俺達も今ここにいなかったら近鉄を応援したいな」
 彼等は近鉄が負けるか引き分ければそれで優勝である。その胴上げの為に今こうして西武球場に集まっているのだ。
 「最後の試合で、か」
 それを見る森は思わず呟いた。
「あの時みたいにならなかればいいがな」
 彼は現役時代のことを思い出していた。
 昭和四八年、このシーズン阪神が異様な強さを見せていた。そして阪神と巨人は甲子園の最終戦でぶつかり合った。勝った方が優勝である。
 だがここで阪神は敗れた。何故か巨人に対しては異様な強さと気迫を見せるエース江夏豊をこの日に登板させずに、である。これには優勝すると金がかかる、と考えた阪神のフロントの幹部である久万俊二郎の薄汚い思惑もあったという。この男をよく言う者は野球を愛する者ではいない。こうした下劣な輩が永久追放もされず大手を振って歩けるという異常事態は我が国だけに起こることであろう。
 九対零、これ以上はない程の惨敗であった。それに憤ったファンが敗戦の瞬間グラウンドに雪崩れ込んだ。
「何負けさらしとんじゃ!」
「こんな無様な結末があるかい!」
 今も球史に伝わる事件である。これ以前から阪神ファンには定評があったがこれによりそれは確固たるものとなった。そうしたファンだからこそ優勝した時の狂騒は凄まじいものとなる。この時巨人は胴上げどころではなかった。すぐさま暴徒と化した阪神ファンから逃げなければならなかった。
 森はあの時のことを思い出していた。だからこそそうした一抹の不安が脳裏をよぎったのである。
「まあ川崎球場だとそんなに暴れる観客もいないだろうがな、しかし」
 彼はここで目を光らせた。
「波乱は絶対ある。こうした試合ではな」
 彼はそう言うとテレビに視線を戻した。そして試合開始を見守った。
 近鉄の先発はルーキー高柳出巳。新人ながら肝が座っておりここまで四連勝と絶好調であった。
 だが二回、ロッテの助っ人マドロックに一発を浴びる。
 かってメジャーで何度も首位打者を獲得した男だ。だが流石に高齢であり日本の野球にも馴染めなかった。今シーズンで退団することが決定している男である。川崎球場には『マドロックお断り』という書き込みや看板まで出る始末であった。それ程期待されていない男であった。
 その男が打った。そして先制点を挙げたのだ。
「まさかこんな場面で打つなんてな・・・・・・」
 観客達も思わず言葉を失った。それは彼が日本で見せた最後の意地であった。
 だが勢いは近鉄にあった。五回、大石が出塁すると新井が送る。ブライアントは四球であった。

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