第四章
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第四章
鈴木は西本の前に来るとだった。微笑みそのうえで左手を出した。彼が投げるその左手をだ。
西本もまた左手を出した。彼も左利きである。二人の握手はその互いの腕で行われるものなのだ。
その左手同士の握手の後で。鈴木は言うのだった。
「西本さんのおかげです」
こう言ったのである。
「西本さんがいてくれたから今のわしがあります」
「近鉄はずっと弱かった」
そして西本も言うのだった。
「その中でこれだけ勝ってくれた」
「監督・・・・・・」
「チームが弱ければその中に染まってしまうものだ」
西本もまた言う。
「しかしスズはその中で自分を律してきてやってきてくれた。その結果や」
「いや、ほんまに監督がいてくれなかったらわしは」
「ははは、さっきも言うたやろ」
西本は今の彼の監督という言葉に突っ込みを入れた。
「わしはもう監督やないで」
「あっ、そうでした」
「とにかくや」
そして西本はさらに言ってきた。
「御前はやってくれたんや、三百勝」
「それをですか」
「おめでとう、スズ」
あらためて彼に告げた。
「本当にな」
微笑んで鈴木に告げるのだった。こうして鈴木は三百勝を達成した。
鈴木啓示の名前は球史に残っている。三百勝を達成した大投手としてだ。そしてその彼を三百勝投手にしたのは他ならぬ西本幸雄だった。
「わしは何もしとらんで」
しかし西本はこのことに笑ってこう言うだけである。
「スズが達成したことや。わしは何もしとらん」
だが。鈴木が速球だけだったらどうだったか。
答えはもう出ていることだ。それは絶対に無理だった。三百勝どころか鈴木は若しかしたら二百勝も無理だったかも知れない。
「やっぱり西本さんが鈴木をああしてくれたんや」
「技巧派にしてくれてな」
「それで蘇らせてくれた」
当時のことを知る者は誰もがこう言う。
「それで三百勝投手になったんや」
「西本さんがいてくれたからこそ」
「あの人やからや」
西本幸雄がいたからこそ、誰もが言った。それは確かに間違いのないことだった。このことを何よりも言っているのが鈴木自身だからだ。西本自身が何も言わなくともだ。
三百勝 完
2010・2・4
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