第三章
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第三章
昭和五十九年五月四日。近鉄の当時の本拠地藤井寺球場においてだ。鈴木はその球場の中に入ろうとする。
その入り口にだ。スーツ姿の彼がいた。
「監督」
「おい、もうわしは監督やないで」
西本は柔和な笑みを浮かべて彼に声をかけてきた。
「そやからその呼び方はや」
「そうですか」
「スズ、それよりもや」
西本は微笑みながら彼に言ってきた。
「今日やな」
「はい、今日です」
鈴木は西本に対して真剣な顔で頷いた。
「今日決めます」
「決めるんや。その為に御前はここまでやって来たんやからな」
「この日の為に」
「御前にはやるべきことが二つあった」
西本は鈴木に対してこう告げた。
「まずチームを優勝させることや」
「それですか」
「近鉄は本当に長い間優勝できんかった」
創設以来長い間弱小球団だった。野球といえば巨人という何処かの愚劣な銅像を崇め奉っている独裁国家の様な状況は今でも続いている。近鉄はその中で巨人の栄光の陰にあった。その作られた虚像の陰にだ。
そしてその近鉄を優勝させたのが西本だった。彼が鈴木に言うのだ。
「それを優勝させる為にはまず御前の力が必要やったんや」
「わしのですか」
「そうや、そして御前が変化球を覚えてくれてチームの確かな力になってくれた」
近鉄といえば打線である。しかしピッチャーとしての鈴木も必要だったのだ。野球は一人では絶対にできないのである。
「それでチームを優勝させてくれた」
「最初はそれですか」
「そして二つ目や」
「それが三百勝ですか」
「そや、それや」
まさにそれだというのである。
「野球を、近鉄を愛するファンの人達の為にも」
西本の言葉は続く。
「近鉄の為にも。そして」
「そして」
「野球そのものの為にもや。三百勝やるんだ」
「はい、それじゃあ今から」
「頑張るんやで」
この上なく温かい声で告げてだった。球場に入る彼を見送る。そしてその試合はだ。
鈴木は打線の援護もあり順調に試合を進めた。気付けばもう九回である。試合は五対三でありあと少しであった。
しかしである。既に百球を遥かに超えている。スタミナが不安視された。
「大丈夫か?これで」
「九回位は他のピッチャーに任せても」
「そうだよな」
試合を見守るファンからはそんな声が聞こえてきた。
「もう勝利投手になれるんだし」
「それだったら」
「この回だけは」
「いや、ちゃう」
しかしここで西本は言うのだった。彼は今藤井寺の観客席にいた。そこから鈴木の投球を見守り続けているのである。
その彼が言ったのである。
「この試合は最後まで投げなあかん試合や」
そうだというのである。
「それでこそスズや。三百勝や」
これが彼の言葉だった。こ
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