第一章
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第一章
三百勝
何が自慢か。彼はその速球だった。
鈴木啓示、近鉄のエースである彼はその速球で知られていた。
しかし彼はこの頃その自慢の速球に翳りが見えてきていた。そのせいで思うように勝てなくなってきていた。
「速球派が衰えたらそれで終わりだからな」
「鈴木もな。これでな」
「ああ、終わりだな」
ファンもマスコミも鈴木についてこう囁くようになっていた。それで鈴木も焦っていた。そんな時に彼を変える運命の出会いが起こった。
西本幸雄。近鉄にとっては親会社が同じ関西の鉄道会社ということもありチームとしてもライバル関係にある阪急の監督を十一年務め五回も優勝させた彼が近鉄の監督になったのである。その彼が監督になるとすぐに鈴木に声をかけてきたのだ。
「御前もそろそろやな」
「何ですか?」
「技を身に着けるんや」
こう彼に言ってきたのである。
「何時までも速球だけやないやろ。足立みたいにやな」
「あの人ですか」
鈴木は彼の名前を聞いて顔を顰めさせた。西本が今までいた阪急のエースである。アンダースローでありシンカーが決め球である。
何故顔を顰めさせたかというとだ。そのライバル球団のエースだからである。自然に顔に出てしまったのである。
「あの人みたいにですか」
「そうや、どうや?」
こう鈴木に対して言ってくるのである。
「どないや」
「そんなんええですわ」
だが鈴木はそれを聞いてもだった。背を向けるばかりであった。
「俺には俺のやり方があります」
「ええっていうんか?」
「ええ、好きなようにやらせて下さい」
こう言ってそのうえで自分のトレーニングを続けるだけだった。彼は練習の虫でいつも走っていた。だからこそ実績を残していたしそのことにも自信があった。西本の言うことを聞く気はなかった。西本はその鈴木にだ。
何かあるとすぐに言ってきた。ランニングやピッチングをしている鈴木をすぐに叱ったのである。チームの柱である彼が叱られることでチームにはいい意味で緊張が走った。しかし鈴木は西本に対する不満をさらに募らせた。
「俺には俺のやり方があるんや」
鈴木は強くこう言い続けた。
「そやから誰にも言われる筋合いはないんや」
西本自身に対しても言う。普通の人間ならこれでもう何も言わない。しかし西本はそれでも鈴木に言い続けた。これはチームのどの選手にもだったが。西本は誰かを贔屓したり邪険にするような男ではなかった。
そして昭和五十年のオープン戦だった。鈴木はペナント前の調整で登板したが打たれてしまった。彼はあくまでペナントを見て調整しているのでありオープン戦で打たれるのは毎年のことだった。今年もそうであると思い誰もが何と思わなかった。しかしである。
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