第四章
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側スタンドが喜びに沸き返る。
伊原はかって八七年の巨人戦で当時の巨人のセンタークロマティの緩慢な守備を衝き一塁の辻にホームまで突入させたことがある。シリーズの流れを決定付けた有名な進塁だ。
そして今度もそれをやった。策士、走塁のスペシャリスト伊原の面目躍如であった。
試合はこれで再び振り出しに戻った。このシリーズ三度目の延長戦に入った。
十回裏ワンアウトランナーなし。バッターボックスには先程大塚にホームインを許した秦がいた。
実は彼は肘に遊離軟骨を抱えており痛み止めの注射を打ちながら試合をしていた。しかも彼は内角の変化球に弱くそれがいつも意識下にある為ストレートに凡打する事も多かった。当然それは西武バッテリーにも知られていた。しかもマウンドにいるのは潮崎。彼のスライダーは左打者である秦に対してはとっておきの武器だった。
西武バッテリーは主にストレートで彼を釣ろうとする。それは全てボールだった。彼は動かない。
「・・・・・・・・・」
その彼の顔を西武の捕手伊東はチラリ、と見た。そしてサインを出す。それは切り札、内角へのスライダーであった。
潮崎は頷いた。そして投球モーションに入った。
秦はこの時確信していた。西武バッテリーは必ず自分の弱点である内角に変化球を放ってくると。だがそれが何時なのかはわからない。彼はじっとそれを待っていた。
彼はそのスライダーにバットを乗せた。ボールはそのまま高く飛んだ。
「行けーーーーーッ!」
秦だけではない。ヤクルトナインも、一塁のヤクルトファン達もボールに叫んだ。ボールは彼等の願いを乗せて空高く飛んでいく。
勝利の女神がそれに応えたか。ボールはライトスタンド、ヤクルトファン達がいるその場に飛び込んだ。四時間を越える死闘はここに幕を降ろした。
緑の傘とヤクルトナインに迎えられる秦。彼はホームベースを踏んだ時には泣いていた。
ヤクルトは絶体絶命の状況から遂に逆王手をかけた。野村は押しかける報道陣に対して言った。
「ここまで来たら結果はどうでもええ。野球をやっていて良かったっちゅうゲームをしたいわ。今夜のミーティングで言うわ」
普段の憮然として嫌味な言い方を好む彼とは違った言葉だった。その言葉は弾んでいた。流れが自分達に来ている事を確信していた。だからこそ言ったのだ。
対する森の顔は暗かった。主砲清原も不振に陥っている。潮崎が二日連続で決勝アーチを浴びたのも痛かった。残るカードは少ない。
だが彼は最後のカードをこの時の為に置いていた。そしてそのカードを引いた。
「・・・・・・頼むぞ」
森は彼に対し言った。
「・・・・・・はい」
彼は静かに頷いた。彼もまた腹をくくった。
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