第一章
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ものである。彼は腰痛等で二回の二軍落ち。打率一割八分二厘、ホームラン僅かに二本。かってのスラッガーの面影は何処にも無かった。
この時も左足以外は全て故障していた。まさに満身創痍の状況であった。
(これが最後の打席かも知れないな)
彼はそう思ったかもしれない。この年で引退しようと決意していた。彼は腹をくくった。
(それならば!)
こういった極限の状況の時人はどれだけ腹をくくったかで決まる。そう、彼はそのバットに自らの全身全霊をかけたのであった。
忽ちツーストライクまで追い込まれた。
「やっぱり駄目だ・・・・・・」
観客のうち何人かがそう溜息をついた。神宮の社は既に夕陽がさしていた。太陽が沈もうとしている。
三球目だった。鹿取は投げた。内角だった。
杉浦はそれを思いきり振り抜いた。乾いた打球音がスタンドに響いた。
ボールはゆっくりと舞い上がっていった。誰もがそのボールの行方を追った。
(まさか・・・・・・)
最初にそう思ったのは誰だっただろうか。ボールは高々と舞い上がる。
そのボールの行方を杉浦も追っていた。ヤクルトナインとファンは心の中で絶叫した。
(入れ!)
その思いがボールに、神に伝わったのであろうか。それとも杉浦の渾身の力がそうさせたのであろうか。あるいはその両方か。ボールはライトスタンド上段に吸い込まれた。
どれだけの時が流れていたのであろうか。それは一瞬の筈だった。だがその一瞬は永遠とも思える長さであった。
杉浦のバットは投げられ乾いた音を立てグラウンドを転がっていた。バットが寝転がりその動きを止めるよりも先だった。
場内は大喚声に包まれた。三万四千七百六十七人で埋められたスタンドが爆発したかのようだった。
長い日本シリーズでもはじめての記録だった。
『代打満塁サヨナラホームラン』
それを今この引退間際の男が成し遂げたのである。
ヤクルトベンチは喜びに包まれた。劇的な勝利に沸き返るナイン。杉浦はダイアモンドを回る。彼はこの時泣いていた。長い彼の野球人生の中でも忘れられぬ一打であった。
こうして四時間四分に渡る第一戦はヤクルトの勝利に終わった。ヤクルトナインもファンも思った。
“もしかしたら勝てる”
だが一人口元を引き締める人物がいた。野村である。
「これ位で引き下がるような連中やあらへんし、参るような奴やあらへん」
誰よりも西武の、そして森の怖ろしさを知っていたからだ。
事実野村は試合を見て内心驚いていた。西武のその守備である。
「守りが固い。極端にシフトを敷いてくるわ。それに」
辻や石毛の事が脳裏に浮かんだ。
「打球を打った瞬間もう足がボールの方へ半歩踏み出しとる。これは厄介な奴等やで」
野球において守備の占める割合は素人が考えるより遥か
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