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魔導兵 人間編
ある日
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あなたは自由よ、どこまでも飛べるの。どうかありのままに生きてね。私は、きっとこの青い空の上から見守っているから」

「天国も地獄も存在しない。人は死ねば土に還るだけだ。だからあんたが死ねば、何も残らない。俺の生きる意味も、どこにもない……」

 相変わらずな調子で喋る男の顔に、女はそっと手を添えた。女にはわかるのだ。男の悲痛な声が、例え表に出なくても、心に映し出す感情が。女は泣いていた。いや笑っていたか。どちらでも良かった。必要なのは、男が求める言葉だけだろう。

「あるじゃない……私たちの、生きた『証』が……。どうか、お願い。あなたと、あの子に、幸福は未来が訪れますように……私の願いは、それだけです。神様……」

 女は、祈りの言葉を残すと、また苦しげに胸をかきむしる。男はまたいつもどおり女の手を握り、支え続ける。しかし、それも長くは続かなかった。やがて平穏は訪れる。後光がさしたように、女のベッドを照らしていた。都合のいい演出のようだ、男は最後の最後まで結局救いを差し伸べなかった神など最初から期待していなかった。だから女の祈りにも興味がない。
 ただ、こんなに美しい女の願いくらいは、聞いてやってもいいのではないか、と神に対して問を投げかけるだけだ。

「さようなら、私の最愛の旦那様……。皮肉屋で、理屈屋のあなた。大好きよ、ずっと」

「まだ教えて欲しいことがたくさんある。俺一人ではどうしていいか、わからない。咲耶教えてくれ、どうしたらいい?」

 答えはなかった。女はもう男の声など聞こえない。ただうわごとのように繰り返すだけだった。

「左霧……私の魔法使いさん……天国で、あなたを待っているわ。どんなに遅くなってもいい。きっと会えるから。その日まで、お別れよ」

「―――――――ああ、これが最後の約束だ。あんたは約束が多すぎる。次に会った時は一体どんな約束を交わすのだろうな」

 男は独り言のように女の手を握りながら呟いた。もう女の体に息はなかった。人生そのものだった女を失った男、『左霧』は最後まで皮肉を女の亡骸にこぼした。

「だから、俺は魔術師だと言っていただろうに」

 涙は流れなかった。枯れているのか、元からないのか。どうでも良いことだ。今、この時に感じた心の溝。それは、男が生涯抱え続ける傷となること。それだけを覚えていれば、十分だ。男は女の亡骸を抱え、ゆっくりと歩き出す。自分の人生を一変させた、恐ろしき女に敬意と、愛を込めて……。この時、男は人生では初めて祈りというものを捧げるのではあった。もちろん神、などというあやふやなものではない。尊敬する、最愛の人に向けてだ。

  
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