第八章
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第八章
「あいつがまだや。あいつが一人立ちするのがな」
その視線の先にはヒョロ長い男がいた。一人黙々とバットを振っている。
仲根政裕、かって甲子園で優勝し近鉄に鳴り物入りで入団した男である。
最初はピッチャーであった。だが芽が出ず打者に転向した。それでも出番に恵まれてはいなかった。
解雇も噂されていた。だが西本は彼を黙々と教えた。
「監督に報いるんや」
彼は来る日も来る日もバットを振った。そして何時か西本をあっと驚かせるようなホームランを打とうと思っていた。
だがそれは遂に来そうになかった。昭和五六年、西本はこの年限りでユニフォームを脱ぐことを決めていた。
「これで最後か」
最終戦は阪急とのダブルヘッダーであった。全席無料開放である。両チームのファンは無言で観客席に座った。
「今日が見納めや」
皆それを知っていた。西本の最後の雄姿をその目に焼き付けておくつもりだったのだ。
近鉄の選手だけではなかった。阪急の選手も沈黙していた。
「おい」
阪急の監督上田利治は自分のチームの選手に声をかけた。
「わかっとるな」
「はい」
彼等は頷いた。彼等もまた西本の弟子であったのだ。
その試合で仲根は打席に入った。一塁ベースには西本がいる。
「監督・・・・・・」
彼は西本を見て何かを感じた。そしてそれはどんどん高まっていく。
彼もまた西本に手取り足取り教えてもらった。だが芽はでなかった。
(最後までこんなんかな、わしは)
ふとそう思った。そう思うとたまらなくなった。
「いや」
仲根は首を横に振った。
「これで最後やない。わしは最後やないんや!」
全身に気合がみなぎった。そしてバットを持つ手に力を込める。
「監督、見といて下さい」
そして西本を見た。
「これがわしの監督への花束や!」
もうピッチャーのことは頭には入っていなかった。打つ、それだけを考えていた。
白球が目に入る。仲根はそれを渾身の力を込めて打った。
「うおおおおおーーーーーーーーーっ!」
叫んだ。その叫び声がボールにも込められた。それは力だった。
ボールが高々と飛んだ。大きい。入るのは確実だった。
ファンも両チームのナインもそのボールを見守った。それが何であるか、わからない者はいなかった。
近鉄と阪急、両チームのファン達が混じって座るその場にボールは落ちた。打った瞬間にそれとわかるような鮮やかなホームランであった。
「やったでえ!」
仲根は叫んだ。そして一塁ベースに向かってゆっくりと歩き出した。そしてそこにいる西本に目をやる。
「監督・・・・・・」
西本は何も語らない。ただ温かい目を彼に向けている。
どちらが先に手を差し出しただろうか。二人はベース上で固く手を握り合った。
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