第七章
[2/2]
[8]前話 [9]前 最初 [2]次話
らかに焦りはじめていた。
その野村を置いて打席には八番の寺田陽介が入る。マウンドには第一戦で先発だった義原だ。
寺田のバットが一閃した。打球は一直線に飛びライトの頭上を越えた。
「よし!」
野村はその鈍足をフル回転させて走る。そしてホームに突入した。これで勝ち越しだ。
「やったぞ!」
寺田の会心のツーベースであった。南海ベンチはこれで一気に沸き返った。
「スギ、これでいけるか」
「はい」
杉浦は寺田に対して笑顔で答えた。そしてマウンドに向かった。
勝負はこれで決していた。杉浦はその裏を無事に抑え三勝目を挙げた。南海はこれで王手をかけた。
「あと一勝ですね」
勝利インタビューで記者が杉浦に話し掛ける。だが彼の顔はそれ程浮かれたものではなかった。
「あの男にとっては何でもないといったふうだな」
巨人ナインは彼の顔を見て言った。
「怖ろしい奴だ。まるで学者みたいな顔をしているというのに」
ただ杉浦の超人的なピッチングに舌を巻くだけだった。
「スギはホンマに大した奴や」
鶴岡はそんな彼を見て満足した笑みを浮かべていた。彼は杉浦の決して慢心しないその性格もこよなく愛していたのだ。
だが両者共勘違いをしていた。何故彼の顔が浮かれたものでなかったかを。
「何とか勝ったけれど」
インタビューを終えベンチに戻る彼はチラリ、と右手を見た。
「これで明日投げられるかな」
「よおやったな」
鶴岡はそんな彼を笑顔で出迎えた。
「全部御前のおかげや」
「有り難うございます」
杉浦は笑顔で答えた。だがその顔は僅かに強張っていた。
「緊張することはないで」
鶴岡はそれを緊張だと思った。
「御前は勝ったんや堂々と胸を張ったらええ」
「はい」
杉浦は素直に頷いた。そしてベンチを後にした。
「あんだけのピッチングしてあんだけ謙虚な奴は他にはおらんな。何処までもできた奴や」
鶴岡もナインもそう思っていた。
杉浦は廊下を歩いて行く。その前に一人の男が立っていた。
「ノム」
杉浦は彼の姿を認めて言った。そこには野村が立っていた。
「指、大丈夫か」
彼は心配そうな顔で尋ねてきた。
「やっぱり気付いとったか」
杉浦はここでようやく表情を素にした。
「気付かん筈ないやろ。ボールを見たらわかるわ」
「そうか。御前にだけは隠せんな」
「なあスギ」
野村は彼に歩み寄った。
「そんなんで投げることはできへんやろ。明日はもう休め」
野村は彼を気遣って言った。
「気持ちは有り難いけれどな」
彼も野村が本当はどんな男かわかっていた。だからこそその言葉が痛みいるのだ。
[8]前話 [9]前 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ