第六章
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のだ。
「おかしいな、ボールに勢いがなくなってきとる」
野村もそう思っていた。ミットに収めたボールを杉浦に返そうとする。その時だった。
「!」
彼はそのボールを見て絶句した。
「どうかしたのかね?」
主審がそれを見て野村に声をかける。
「あ、何でもありまへん」
野村は慌ててそのボールを杉浦に投げ返した。
(危ない危ない、巨人に知られるところやったわ)
チラリ、と巨人ベンチを見て呟いた。どうやら気付かなかったらしい。内心ホッとした。
だが杉浦は野村のその様子を見て唇を噛んだ。
(ノムは気付いたみたいやな)
それだけでもいい気持ちはしなかった。誰にも気付かれたくなかったのだ。
しかし野村も杉浦の指のことを知っていてもそれをリードに影響させたりはしない。あくまで勝利を目指す為だ。ここはあえて鬼になった。
だが球威の衰えは出る。巨人は土壇場で攻め立て一死二、三塁のチャンスをつくる。
ここで水原はピッチャーの別所にかえて代打を送る。左の森だ。前の試合に続き杉浦対策なのは言うまでもない。土壇場で巨人は彼を攻略する絶好のチャンスを手に入れたのだ。
「ここで下手をしたら流れが変わってまう」
鶴岡は言った。
「そして流れが向こうにいったら」
南海としては最も考えたくないことである。
「それをもう一度こっちに戻すのは簡単やないで」
その言葉には反論できぬ重みがあった。南海ベンチもファンも固唾を飲んでマウンドの杉浦を見守っていた。
だが杉浦は表情を変えない。しかしその心の中は別だった。
「ここは何としても」
気を奮い立たせる。だが指の痛みがそれを削ぐ。血マメの破れた場所が痛むのだ。
それでも投げなければならない。今この場を抑えることができるのは彼だけなのだから。
投げた。しかしいつものノビはない。
「いける!」
森はそれを見て思いきり振りぬいた。打球は流し打ちの形となり左中間に飛んだ。
「やられた!」
杉浦はこの時ばかりは観念した。森の顔がサヨナラで喜びのものになる。
ショート広瀬叔功が跳ぶ。だが打球は彼の頭上を越えた。そしてそのまま一直線に飛ぶ。
「いったな」
三塁ランナー広岡達郎は勝利を確信していた。だが彼は打球から目を離さなかった。
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