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もう一人の自分
第五章
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は打たれたくはない。
 長嶋は全く隙のない男だ。どこに投げても的確に反応してくる。まさに野性的な勘だ。
「だからこそ打たれるわけにはいかない」
 杉浦はそう考えていた。このシリーズの第一戦も第二戦もそれを考えていた。
 彼はその静かな目の中に炎を宿らせていた。そしてそれで巨人を、長嶋を見据えていた。
「今日が山場やで」
 鶴岡はそんな彼の炎を見て言った。
「今日勝ったらいける、しかし」
 彼は言葉を続けた。
「今日負けたらわからへん。下手したら」
 ここで彼の脳裏に悪夢が甦った。
 昭和三〇年の日本シリーズ。鶴岡率いる南海は巨人と四度目の対決に挑んでいた。過去三回の戦いはいつも巨人に負けていた。
「あの時はいける、と思った」 
 鶴岡は後にそう語った。
 第四戦を終え三勝一敗、今まで巨人の重厚な戦力と水原の戦略の前にとてもそこまでいけなかった。だがこの時は違っていた。
 あの強力な巨人打線を抑えここまできたのだ。流石に巨人も最後かと思われた。
 だがここで水原は思い切った作戦に出た。何とそれまでチームを引っ張ってきたベテランを引っ込め若手をスタメンに起用してきたのだ。
「巨人の悪あがきやな」
 鶴岡はそれを見て笑った。だが数時間後その笑いは凍り付いていた。
 何とその起用が見事的中したのだ。水原は王手をかけられたが決して焦ってはいなかった。そしてすぐに手を打ったのだ。
「調子のいい選手がいればその選手を使う」
 野球のセオリーである。彼はそれを忠実に実行しただけである。しかしそれは巨人のようなスター選手が揃っているチームでは容易ではない。やはり彼は名将であった。
 彼等の活躍でその試合は巨人が勝った。首の皮一枚で生き残った巨人はここから反撃に出た。
 別所穀彦、中尾硯志の両エースをフル回転させてきたのだ。別所はかって南海にいながら巨人に強奪された選手だ。
「よりによってあいつを使うかい」
 巨人は手段を選ばない。どのような卑劣で無法な行いも平然とやってのける。だがマスコミという巨大権力がバックにある為多くの者はそれに気付かない。巨人ファンは何故巨人を応援できるか。野球を知らないからだ。
 その巨人にまたしても敗れた。鶴岡は怒りと屈辱で全身を震わせた。
「またしても負けたか・・・・・・」
 目の前での水原の胴上げ。それを忘れたことは一度もない。
「あの時みたいになってたまるか」
 彼はこのシリーズが決まった時からそう考えていた。
「それはさせん、一気に叩き潰したる」
 その為に今まで選手達を手塩にかけ獲得し、育ててきたのだ。そしてその中心にいるのがやはり杉浦である。
「スギ、頼んだで」
 彼はマウンドの杉浦を見て祈るようにして言った。杉浦は今マウンドで大きく振り被った。
 一回裏、巨人は杉浦
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