第二章
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けで勝利は半ば約束されたようなものであった。
穏やかな物腰に黒ブチ眼鏡の知性的な美男子。そして静かで素直な性格。彼は最早南海で一番の人気選手であった。その彼がマウンドにいるだけで客はやって来た。
「何時見てもいい投球フォームや」
ファンはその投球を見る度に言った。彼等は来るべきシリーズに思いを馳せていた。
「今年はいけるで」
そういう予感がった。杉浦がいれば負けない、そう確信していた。
「負ける気はせえへんな」
鶴岡も確かな手ごたえを感じていた。
「ウチにはスギがおるからな」
西鉄の誇る鉄腕稲尾和久にも匹敵する大投手。鶴岡は彼にシリーズを託すつもりでいた。
「頼むで」
そして杉浦に声をかける。
「はい」
杉浦は頷いた。こうして南海は宿敵巨人に立ち向かう用意を終えた。
このシリーズ、世間ではやや巨人有利と見ていた。それでも鶴岡は勝利を確信していたのだ。
「スギを知らんからそう言うんや」
彼は自信に満ちた顔でこう言った。
「しかもかっての貧打線とちゃうぞ、四〇〇フィート打線の力もとくと見せたるわ」
鶴岡が西鉄に打ち勝つ為に考え出した打線である。野村を主軸としてこの打線の攻撃力にも自信を持っていた。
大阪球場での第一戦、南海は当然のように杉浦をマウンドに送った。巨人の先発はエース藤田元司が予想された。だがここで水原は意外な策を打った。
藤田ではなく左腕の義原武敏を第一戦の先発投手に選んだのだ。これは藤田を第三戦で出す為だったと言われている。しかしこれは裏目に出た。
南海は右打者が圧倒的に多い。左では不利だ。そして義原では四〇〇フィート打線を抑えることはできなかった。
この打線は西鉄の流線型打線や大毎のミサイル打線と比べるとパワーはなかった。全員が四〇〇フィート、すなわち約一二二メートル飛ばせる打線という意味だったのだがこの打線はむしろバランスと集中力にその真価があった。鶴岡は無意味な派手にホームランを打つだけの打線は駄目だと知っていた。そしてそれぞれに役割を分担させ、どこからでも得点ができる打線にしたのである。
南海は一回裏いきなりこの義原に襲い掛かった。集中打で忽ち五点を手に入れた。それを見た南海ファンはこれで勝った、と思った。だが巨人ファンは涼しい顔をしていた。
「巨人の打線を見てから言え」
彼等は巨人は絶対に勝つと思っていた。一回表の杉浦の投球なぞまともに見ていなかった。完全に南海を舐めていた。これはしゃもじを持って他人の食事を覗いて騒ぐだけしかできない落語のできない能無しの落語家くずれと同じ知能レベルだからである。残念なことに巨人ファンには今だにこうした愚かな手合いが多い。
南海は次々に巨人投手陣を撃破していく。八回にはもう一〇点を入れていた。流石に巨人ファンも諦めた。
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