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もう一人の自分
第十章
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第十章

 杉浦はそれを手に取った。見ればそこには血がついていた。
「そうやった、血マメが潰れたんや」
 彼はそのことも忘れていた。
「やっと勝ったんや、思えば長かったけれどな」
 野村も泣いていた。南海ナインは皆涙を流していた。
「スギ」
 そこに鶴岡がやって来た。
「御前の勝ちや。これは全部御前のおかげや」
「監督」
 見れば鶴岡も泣いていた。かって幾度も巨人に挑みながらも敗れてきた男が遂にその宿敵を倒したのであった。
「御前がおらな絶対にここまでいけんかった。有り難うな」
「いえ、そんな」
 杉浦は師でもある鶴岡にそう言われ思わず頭を下げた。
「おい、お客さんのところへ行くで」
 鶴岡はナインを三塁側に連れて行った。そこには南海の勝利を見にわざわざ大阪から後楽園まで駆けつけてきたファン達がいた。
 ナインは彼等の熱い声援に応える。そして鶴岡の胴上げがはじまった。
「今まで何度も胴上げされたけれど」
 鶴岡は後に語った。
「やっぱり日本一の胴上げは最高や。これだけはされたもんでないとわからんわ」
 彼は喜びに満ちた顔でそう語った。
「よし」
 胴上げが終わると鶴岡は彼を囲むナインに対して言った。
「次はスギや」
「え、僕ですか!?」
 杉浦はその言葉に戸惑った。
「そうや、うちがここまでこれたのは全部御前のおかげや。御前等もそう思うやろ?」
 彼はナインを見回して尋ねた。
「はい」
 それを否定する者はいなかった。野村も大沢もそこにいた。
「よし、これで決まりや」
 鶴岡とナインは杉浦を輪の中心に導いていった。
「スギの胴上げや、思いきり高く上げたらんかい!」
「おおーーーーーっ!」
 鶴岡の掛け声と共に杉浦の胴上げがはじまった。その身体が宙を舞った。
 二度、三度。彼はそれをまるで夢の世界にいるような気持ちで受けていた。
「まさか僕も胴上げされるなんて」
 そんなことは夢にも思わなかった。
 胴上げが終わった。だが彼はまだ信じられなかった。
 チャンピオンフラッグが渡される。記念撮影が終わる。彼は文句なしの最優秀選手に選ばれた。それに異論を挟む者なぞ誰もいなかった。
「杉浦さん」
 興奮さめやらぬ中記者達が杉浦のところにやって来た。
「はい」
 彼はそれを三塁ベンチ前で受けた。
「今のお気持ちをどうぞ」
 そう言ってマイクを突き出す。それは一つや二つではなかった。
「そうですね」
 彼は記者も大事にする男である。相手が誰であろうが無礼な態度はとらない。
「今はまだ試合が終わったばかりですし球場も騒然としています」
 彼は落ち着いた様子で話しはじめた。日本一になってもまだ自分を失ってはいない。淡々とした口調であった。
「ですからまだ実感はありません。勝
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