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もう一人の自分
第一章
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に巨人には日本シリーズで四度も苦汁を飲まされていた。
「この二人はいける」
 その指揮官鶴岡は長嶋と杉浦を見て言った。
「打つのは長嶋、そして投げるのは」
 目の前で杉浦が投げていた。あっさりと完封で勝利を収めている。
「この男や。これで南海は日本一になるで」
 そして立教の先輩大沢啓二を通じて彼等の獲得に動いたのだ。ドラフトのない時代こうしたことはどの球団でもやっていた。半ば無法地帯のようなものであった。
 だからこそ一瞬の隙も見せてはいかなかった。油断していてはその人材を横から掠め取られてしまう。この時の彼もそうであった。
 長嶋は巨人に獲られてしまった。一説によると巨人は彼の身辺からの切り崩しにより獲得したらしい。今も巨人が得意とすることである。実に清潔な球界の盟主だ。黒い正義である。
 これに鶴岡が激怒したのは言うまでもない。彼は杉浦を呼びつけるとこう問い詰めた。
「長嶋は裏切ったぞ!杉浦君、君はどうなんや!」
 怖ろしい剣幕であった。鶴岡の怒声は並の人間とは思えぬものがあった。
 彼は広島商で甲子園に出場したのを皮切りとしてその野球人生をはじめた。法政大学では好打堅守のサードとして知られ南海に鳴り物入りで入団するとすぐに本塁打王となった。
「グラウンドには銭が落ちとる」
「見送りの三振だけはするな」
 彼はよくこう言った。振ればもしかしたらバットに当たるかも知れない、だから諦めるな、彼はこう言ったのである。
 そしてプロはこれで飯を食っているのだ、彼はそれを選手の頃から言っていたのだ。
 戦争では機関砲部隊の中隊長であった。陸軍将校としてもその優れた統率力を見せつけた。そして戦後復員すると僅か二九歳で選手権任の監督に就任した。
 この時は食糧難に悩まされていた。彼の仕事はまず選手達の食べ物を確保することだった。
「ナッパの味しか知らん選手達にビフテキの味を教えてやりたい」
 これは当時熊谷組で選手権監督となり後に大毎、阪急、近鉄を優勝させた西本幸雄の言葉である。彼もまた選手を食べさせるのに必死であった。そのナッパですら碌に手に入らないのだ。
 鶴岡もそれは同じだ。当時は食べるものもなく空きっ腹で野球をしていたのだ。だが彼は必死に食べ物を調達した。
 時には闇市を仕切る裏の世界の親分連中ともやりあった。しかし彼は一歩も引かなかった。彼には戦争で身に着けた凄みがあった。そして選手達のことを心から思っていた。それが親分連中をも従わせたのだ。
 後に選手獲得にもその手腕を発揮する。ここで彼はその親分連中の力を借りることもあった。この時代では普通であった。裏で金が動く。そこでそうした世界との付き合いがものを言うのだ。これは三原や水原も同じであった。そうでなくては監督なぞ務まらなかった。特に彼と三原、水原はその裏の
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