第八章
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野村は江夏のボールを受けて思わせぶりに言った。
「野球をですか!?」
「そうや、革命を起こすんや」
彼はニヤリ、と笑った。
「ストッパーになるんや。試合の最後を締める男にな」
「最後をですか」
「どうや、やってみるか?」
「少し考えさせて下さい」
江夏は考えた。そして遂に決心した。
「どや、どないするんや?」
「やらせてもらいます」
「よっしゃ、そう言うと思ったで」
野村は笑顔で彼を迎えた。それから彼は常にベンチにいた。そして最後になるとマウンドに立った。日本ではじめての本格的なストッパーと言ってよかった。
彼はあらたな居場所を見つけたと思った。野村は腹の黒い狸かと思っていたら違っていた。実は繊細で心優しい寂しがり屋の男であったのだ。
「あの男は人に理解されにくい奴や」
当時近鉄の監督をしていた西本幸雄は野村を評してこう言った。
「素直やないし、外見も野暮ったいしな。けれど本当は違うんやな」
弱小球団を一から鍛え上げ、優勝させてきた男である。それだけにその言葉には重みがあった。
「西本さんがそんなこと言うてますよ」
ある日記者の一人が野村にそんな話をした。江夏は丁度彼と打ち合わせを終えた直後であった。
「ほう、あの人がか」
野村はそれを聞くと少し嬉しそうな顔をした。
「またえらくわしを買い被ってくれとるな」
あえて嫌味を言うがいつもの切れ味はなかった。
「おだてても何も出えへんとだけ伝えてくれ」
野村はそう言って記者を帰らせた。
「じゃあわしも休憩するか」
そう言ってベンチの奥に消える彼の背中を見た。
「何か少しウキウキしとるな」
野村はあまり褒められることがなかった。常に日陰者であった。生まれた時から苦労し、幾ら打ってもサブマリンのプリンス杉浦忠がいたから人気もそれ程なかった。鶴岡一人監督に可愛がられるのもいつも杉浦であった。チームの外では巨人だ。王や長嶋ばかりであった。正当に評価されているとはとても思えなかった。
「わしは所詮月見草や」
彼は自嘲気味にそう言うのであった。
「パリーグやしな。それもキャッチャーや。誰も見てくれへんわ」
だが西本は違った。彼は野村を公平に見ていた。
それはよくわかっていた。だから野村もまた西本を認めていた。だからこそ嬉しかったのだ。
「西本さんの下でやりたいな」
そう思う時もあった。後に阪神の監督になった時も阪神OBに対しては頑なだったが、西本には違っていた。
「私なぞよりこのチームのことをご存知ですから何かとアドバイスしていただければと思っています」
あの野村からは考えられない程謙虚な物腰であり言葉だった。
それは本心からの言葉だった。彼は西本には敬意を忘れなかった。
江夏もそれは知っていた。彼も西本の下で
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