第四章
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いつを出すかだ」
この時の日本ハムの切り札はこの江夏であった。よく日本ハムの野球は詰め将棋だと言われた。
「確かにそうかもしれねえな」
大沢もそれを聞いてまんざらではなかった。
「点をとっていって最後にはとっておきの切り札で抑える。それも相手の先を読んで一手一手打っていくからな。そうした意味でやっぱりあいつは凄い奴だよ」
そう言って江夏を褒めた。
この時の江夏はストッパーとして完成されていた。その頭脳的なピッチングは最早難攻不落であった。
「あいつに最後を任せていれば問題ない、本当に頼りになる奴だぜ」
「いや、わしは監督あってのもんですわ」
江夏は恥ずかしそうに笑ってこう言った。
「わしはただ投げるだけ、監督は考えなあかん」
「その投げて完璧に抑えられるストッパーってのはそうそういねえぜ」
大沢は江夏に言った。彼等は実に気が合った。
「流石はあの人の名を継いどるだけはあるわ」
江夏は大沢を評してこう言った。大沢は『親分』と言われる。その堂々とした風格とべらんめえ口調、グラサンをかけた威圧的な様子からそう言われるのだ。
「俺は兄弟で一番出来が悪かったんだよ」
よく彼はそう言って高笑いした。
「野球を知らなかったらヤクザにでもなっていたかもな」
そうした発言からのこの仇名が付いた。この仇名を彼より前に貰っていた人物がいた。
かって南海の監督をしていた鶴岡一人である。その圧倒的な存在感により彼はその仇名を貰っていたのだ。
タイプこそ違えどそれを受け継ぐだけはあった。大沢は周りの者をひきつけずにはいられなかった。その人柄が多くの人を魅了したのだ。江夏ですら。
彼は阪神をトレードで出されてから南海、広島、そして日本ハムと渡り歩いた。だがその心は常に今そこにいる球団にはなかった。
「わしは阪神の江夏や」
口には出さずともそう思っていた。彼の心はあくまで阪神に、甲子園球場にあった。
「あのファンの歓声は一度浴びたらやみつきになる」
田淵もこう言った。彼もまた西武にあっても自分は阪神の田淵だと考えていた。
それ程までに甲子園の声援は凄かった。自分を熱狂的に応援してくれるファンの声は到底忘れられるものではなかったのだ。
「もう一度あのユニフォームが着たい」
そう思う時もあった。いや、常にそう思っていた。
「けれどそれは最後でええ」
そうも考えていた。
「今はこの日本ハムにおる。この球団を優勝させるんや」
今の彼がいるのは日本ハムである。阪神ではない。
それは誰よりもわかっている。だがやはり寂寥感は拭えない。
「何時かは甲子園に」
そんな彼を大沢は暖かく迎えてくれた。そして今も気兼ねなく付き合ってくれている。
「わしみたいな男にな」
阪神を出てからは一匹狼だった
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