第三章
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そう言うだけであった。そして何食わぬ顔で自宅へ戻って行く。
「昔からだよ。ああして気取ってるんだ。けれどな」
ベテランの記者が広岡の乗る車を見ながら言った。
「尻尾が見えてるぜ。あれだけ隠れるのが下手な奴もそうそういない。さえ、プレーオフには何を見せてくれるかな」
彼等も感じていた。広岡はこのプレーオフで何かを企んでいる、と。
こうして両者の思惑が含まれたままプレーオフの幕が開いた。両者はその胸に思いも寄らぬ奇策を抱いていたのだ。
その前日工藤はまだギプスをしていた。
「やっぱり無理だな」
西武ナインは彼の身を心配しながらも内心ホッとしていた。
「とにかく天敵がいないのは助かる」
そう考えていた。だが彼等は気付いてはいなかった。それを見る大沢が鼻の穴を膨らませていることに。
試合当日には包帯を巻いていた。どう考えても怪我は完治していない。そして先発オーダーが発表された。
西武の先発はベテランアンダースロー高橋直樹であった。口髭が似合うダンディーな男である。
「ほう、広岡も中々洒落のわかる男じゃねえか」
大沢は彼を見て笑った。実は高橋はかって日本ハムでエースであった。だが江夏との交換トレードで広島に行った。そしてまたトレードで西武にやって来たのだ。
「人の一生なんてわからないものだけれど」
高橋もそれは同じだった。
「まさか俺を先発とはな。てっきりトンビだと思ったが」
西武のエースといえば東尾である。だが広岡はあえて彼を先発に出さなかった。
「東尾は何でも使える」
彼はそう言った。
「先発でなくてもいい。今日はな」
それで終わりだった。そしてグラウンドに顔を向けた。
「さて日本ハムの先発は誰だ」
「高橋里志ですかね。それとも間柴か」
「そんなところだろうな」
森の言葉に頷いた。彼等なら充分に勝算はあった。
「データは揃っている。工藤の様に絶対的な強さはない」
そう、彼は工藤だけを怖れていたのだ。
「そのチームに絶対的なエースがいるとそれだけでそのチームは圧倒的に有利に立てる」
これはかっての稲尾や杉浦の様なエースを見ればわかることであった。
工藤もこのシーズンではまさにそれであった。その工藤がいないと思うとそれだけで気が楽だった。
「そろそろ先発ピッチャーですね」
「ああ」
二人はアナウンスに耳をすました。
「ピッチャー工藤」
「何!?」
二人はそれを聞いて思わず目が点になった。
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