第二章
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た。
「いいか、気付かれるなよ、絶対にな」
大沢はその声をよそにトレーナーに対して言った。
「わかっています」
トレーナーは険しい顔で頷いた。
「かみさんにも言うな、子供にもだ。辛いだろうがな」
「はい」
大沢の言葉に頷いた。大沢はそれを同じく険しい顔で受けた。
「よし、頼むぜ。とにかく今は大事な時だからな」
彼は何かを考えていた。
「おい」
そして工藤にも声をかけた。
「わかってるな」
「はい」
工藤は頷いた。そして二人はニヤリと笑った。
大沢は球場での練習中には審判の一人に意味ありげに言った。
「賭けって面白いよな」
「え、ええ」
大沢は人生の真ん中ばかり歩く男ではない。酒も女もやってきた。博打もだ。そうしてそこで人生とは何かを学んできた。
「やり過ぎちゃいけねえがそもそも往来の真ん中だけが人生じゃないだろ」
ここでも独特の人生論、野球感が出て来た。
「端っこや裏側も見なくちゃいけねえ。そうでないと人間ってやつはわからねえし深みにでねえ。人間ってやつは綺麗なだけじゃ駄目なんだ。時にはそうしたこともよく学ばなくちゃいけないんだよ」
やはり彼はそうした意味でも大物であった。器が大きかった。だからこそ将たりえたのだ。
「時には喧嘩も必要だ」
ビーンボールを投げた相手チームのピッチャーを殴り飛ばしたこともある。
「人生は色々ある。それがわからねえと野球もわからねえんだ」
深みのある言葉であった。一見豪放磊落だが、その中身は鋭く、そして細かかった。
その彼がいわくありげにそう言ったのだ。その審判は何かある、とすぐに思った。
「俺は近いうちにでっかい賭けをしようと思ってるんだ。皆がアット驚くようなな」
「驚くような、ですか」
審判は誰にもそんなことは言えない。公平でなければならないからだ。
「そうだ。もしかしたらな。まあ楽しみにしておいてくれよ」
「わかりました」
大沢はそこでベンチに戻った。そして電話をかけた。
「どうだ、調子は」
電話に出た男に声をかけた。
「思ったより遥かにいいです。いけます」
「そうか」
大沢はそれを聞くとまた笑った。
「どうやらいけそうだな、見てろよ」
向かいのベンチにいる広岡に顔を向けた。
「今にその澄ました顔が仰天して顎まで外れちまうぜ」
彼はこれから自分がやろうとしていることに胸が躍っていた。
西武も負けてはいない。広岡は知将を自認している。その知略はやはり秀でていた。
采配ミスや選手の失敗にも驚かない。あくまで冷静である。これはこちら側の好プレイや殊勲打に対してもである。常に表情を変えない。ただ口の端を一瞬歪めるだけである。
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