第六章
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を思い出した。
「上田さん少し焦り過ぎだねえ」
他人事のような言葉だが上田の今の状況をその勘で的確に見抜いていた。やはり長嶋の勘は凄かった。この時でシリーズの流れは微妙に変化しようとしていた。
山口は六回まで無事に抑える。阪急ファンはもう勝ったつもりでいる。
「いいぞボロ負けジャイアンツ!」
「全敗ジャイアンツ!」
中日の応援歌をもじった歌の歌詞まで叫ばれていた。もう勝利の時を指折り数えている状況であった。
「いよいよやな」
「ああ」
彼等は首を長くしてその時を待っていた。そしてそれは上田も同じであった。
「長い試合やなあ」
彼は顔を顰めて呟いた。
「え!?」
コーチがその言葉に思わず顔を向けた。
「ああすまん、独り言や」
上田はそれに対してそう言った。だが顔はそのままである。
(いつもの監督と違うな)
そのコーチだけではなかった。ベンチにいる全ての者がそう思った。
だが彼等も同じであった。九回が終わるのを今か、今かと待っている。
自然と攻撃が荒くなる。やがて巨人投手陣に何なく抑えられていく。
しかしだからといって巨人ファンの怖れがなくなることはなかった。
「あんな化け物打てるはずがない」
球場にいる者もブラウン管の向こうにいる者もそれは同じ意見であった。
しかし巨人ナインは違っていた。次第にではあるが山口のボールに目が慣れてきていた。
「もしかすると」
彼等はそう思いはじめていた。
そして七回、その『もしか』が実現した。
何と山口からタイムリーをもぎ取ったのだ。これで同点となった。
「なっ!」
これに驚いたのは巨人ファンだけではなかった。阪急ファンも驚いた。
特に阪急ナイン、とりわけ上田の驚きは大きかった。彼は一瞬その顔を青くさせた。
「まだ同点ですよ」
そこでコーチの一人が言った。
「そやな」
上田はその言葉に冷静さを取り戻した。
「シーズンでもこういうことは幾らでもあったわ」
彼は落ち着いた声でそう言った。
「こっから逆転すればええわ」
その阪急の攻撃である。助っ人であるボビー=マルカーノの声が聞こえる。
「ダイジョーーーブ!ボク達が打ってヤマグチ助けよーーーよ!」
こうした時彼はあえてこう言ってナインを奮い立たせる。攻守に優れているだけでなくこうしたベンチのムードを明るくさせる陽気さが彼の素晴らしさであった。
だが一度気が乱れた打線の士気を元に戻すのは容易ではない。阪急は巨人の決死の防御の前に得点することができなかった。こうして試合は九回表に入った。
山口はランナーを一人背負っていた。打席には黄金時代の戦士の一人柴田がいる。
「高めの速球でくるな」
柴田はそう思っていた。山口の最大の武器だ。
今まではとても
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