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恩返し
第四章
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「遂に王手ですね」
 記者達は上田を取り囲んで言った。
「そうやな」
 上田は表情を押し殺していたつもりだがやはりそこには笑みがあった。
「このまま勝つつもりですか」
「相手がおるからなあ」
 そう言いながらも確かな手ごたえを感じていた。
「しかしここまでいくとすんなりいきたいな。西本さんもそれを望んではるやろうし」
「危ないな・・・・・・」
 それをテレビで見ていた男がそれを聞いた瞬間言った。その西本幸雄本人である。彼はこの時近鉄の若い選手達にせっせと教えその合間の休憩をとっていたのだ。
「上田は焦っとるな」
 彼にはそれが手にとるようにわかった。その顔に陰が生じていく。
「焦りは禁物や。焦った時勝負は負けや」
 彼自身がそうであった。彼はシリーズでは常に勝利を焦ってしまった。そしてことごとく敗れてきたのだ。
 戦力差、それを感じたことはなかった。その時を振り返るといつも勝利を焦る自分自身の姿があった。
「上田にはよく教えた筈やが・・・・・・」
 上田もまた西本の弟子であった。彼もまた巨人に対しては激しい敵意を燃やしていた。
「忘れとるか。そえが命取りになるな」
 見れば彼の後ろにいる阪急ナインも同じであった。それどころか巨人ベンチを完全に舐めた顔で見ている者までいる始末だ。西本はそこに危機を感じた。
「わしがあそこにいたらぶん殴ってでも目を醒まさせるんやが」
 だがそれはできない。彼は今藤井寺にいるのだ。西宮にいるのではない。
「誰かが気付いとったらええんやがな。それか全く動じとらん奴がおるか」
 彼はここで一人の男を思い出した。
「足立はどう思っとるやろな。あいつやったらもしかすると」
 だがここからは足立の姿は見えない。映像は巨人のベンチに移っている。
「監督」
 そこでコーチの一人がやって来た。
「お、休憩終わりか」
 西本はそのコーチに顔を向けた。
「はい」
 そのコーチは頷いて答えた。
「じゃあ行くか」
 西本はテレビのスイッチを消して席を立った。
「あの連中をまたしごいたろかい」
 彼は部屋を出た。その時彼は見なかった。テレビに消える瞬間の巨人ナインの顔を。
 それは勝負を諦めた男の顔ではなかった。意地でも食らいつく、そうした飢えた狼の如き顔であった。

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