第二章
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」
彼はそう考えていた。そして王に対して投げた。
王はそのボールから目を離さなかった。そしてバットを一閃させた。
「!」
それは一瞬のことであった。王のバットスイングは速い。到底見られるものではなかった。
ボールは一直線にライナーでライトスタンドに向かっていく。そしてそのまま飛び込んでいった。
逆転サヨナラスリーラン、そのシリーズの流れを決定付けたあまりにも有名な一打であった。
そして阪急は敗れた。上田はそれを思い出したのである。
「これはまずい・・・・・・」
あの時の悪夢は今でもはっきり覚えている。上田はそれを思い出したのだ。
それを取り除くにはあれしかない、そう考えた彼はすぐに動いた。
「ん、ピッチャー交代か?」
観客はベンチから出て来た上田を見てそう言った。
「そうやろうな、もう四点やしな、ここらが潮時やろ」
阪急ファンそれに納得していた。そして同時に彼等はあることに期待していた。
「出て来るで」
誰かがニヤリと笑いながら言った。
「ああ」
他の者もそれに頷く。やがてアナウンスの放送が入ってきた。
「ピッチャー、山口」
それを聞いた阪急ファンはニヤリ、と笑った。やがて背番号一四を着けた小柄な男が姿を現わした。
「あれが山口か」
後楽園を埋め尽くす巨人ファンはその男を見て鼻で笑った。
「あんな小さい奴知らんのう、誰だあいつ」
「去年の新人王らしいぞ」
誰かが言った。その声も小馬鹿にしたものだった。
「どうせパリーグだろう、大した奴じゃないよ」
「いや、球がやけに速いらしいぞ」
「そんなものは噂だろう、江夏や村山程じゃないさ」
「そうだな、王も長嶋も連中を何なく打てたんだ。巨人にあんな小さい奴が通用するかよ」
彼等はマウンドに上がる山口を見ながらそう話していた。完全に彼を舐めていた。
こうした愚か者が実に多いのも巨人ファンの特徴である。しゃもじを持って野球通とわめいている男の知能なぞはそこらの犬か猫の方が余程賢い位だ。人間の言葉を話しているから頭がいいとは決して限らないことのいい見本である。こうした知能の劣悪な輩が我が国の野球を腐敗させたのは言うまでもない。
さて、阪急ファンは違っていた。彼等も確かに笑っていた。だがそれはそうした愚か者共に対する侮蔑の笑みであった。
「今にみとれ」
「もう少しで黙るさかいにな」
彼等は愚か者共にこれ以上ない冷ややかな笑みを浴びせていた。そしてグラウンドに顔を向けた。
「山口、頼んだで」
そこには山口がいた。彼は大きく振り被った。
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