第十二章
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「そやな」
昭和四二年からはじまった。五回挑み五回共敗れた。どれも悔しい思いだけが残った。
しかしそれが今晴れたのだ。阪急はようやく宿敵を屠ったのだ。
胴上げが終わり上田はインタビューに応じた。彼は笑顔で言った。
「この喜びを西本さんに捧げます」
阪急ファンの拍手が鳴り響く。彼等は数よりもその想いで巨人ファンを圧倒していた。
MVPは福本だった。彼もまた言った。
「これで藤井寺のお爺ちゃんも喜んでくれますわ。やっと恩返しができました」
もう涙が止まらなかった。彼にとって巨人を倒すことは西本への恩返しなのであった。
「あれ程の選手達を育て上げたのか」
観客席にいる一人の男がそれを聞いて呟いた。
「西本さんはやはり凄いな」
眼鏡をかけた痩せ気味の男である。
ヤクルトの監督広岡達郎であった。彼はこの試合観客として観戦していたのだ。
「だが無敵のチームなぞ存在しない。必ず何処かに弱点がある」
彼はそう言うとゆっくりと立ち上がった。
「もしかしたら阪急と、西本さんの作り上げたチームと戦う時が来るかも知れない。その時に備えて私も学んでおくか」
そして彼は球場をあとにした。翌年彼はヤクルトを二位にする。そして七八年にはヤクルトを優勝させる。そのヤクルトに阪急が敗れるのは別の話である。
そして彼は西武の監督になった時阪急、そして近鉄と死闘を展開する。鋭利な策士広岡の胎動はこの時には既にはじまっていたのだ。だがそれを知る者はこの時いなかった。広岡自身を除いては。
「そうか」
西本は阪急の勝利をグラウンドで聞いていた。
「パリーグが勝ったんやな」
彼はこう言った。阪急が勝った、とは言わなかった。
「やっと巨人を倒すことができたんやな」
彼はそう言うとボールをトスで横にいるバッターに投げた。
そのバッターは大きな身体を使いそれを打った。打球は一直線にスタンドに飛び込んだ。
「よっしゃ」
西本はそれを見て言った。
「タイミングは合ってきとるわ。これを忘れるんやないぞ」
「はい」
その男は西本に言われ頷いた。見れば外見の割に雰囲気が大人しい。
羽田耕一であった。近鉄で西本が育てている男の一人だ。
「次は御前や、栗橋」
「はい」
今度は左打席に別の男が入った。その男も西本からのトスを次々とスタンドに叩き込んでいく。
見れば栗橋の後ろには多くの若い選手達がいた。彼等は皆真剣な表情でバットを振っている。
「今度はわしの番や」
西本はふと言った。
「あいつ等はわしに恩を返した、と言ってくれた。こんなに嬉しいことはない」
その言葉には一つのチームを育て上げた重みがあった。
「しかしわしもあいつ等も勝負の世界に生きとる。今度はわしは自分の手で日本一にならなあかん」
彼
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