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カナリア三浪
カナリア三浪
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発させちまった」
「それは聴き手を主人公にするって言う話と食い違うんじゃないですか」
「これからの時代はね、感性を空に広げることだね。天から降る雨を隙間なく音楽で受け止めて、この世界を美しいステンドグラスみたいにするの。そこに嘘があったら台無しよ。感性ってのは本当の神の光を感じるものだから。ああ、主人公にするってことはさ、ミュージシャンが火を着けた誰かの魂は嘘を突き破るべき運命にあるってことさ。この世には嘘で足を引っぱる奴がごまんといて、そいつらを引き剥がすのが目的な訳」
「ミュージシャンは嘘つかないですか」
「彼らは意識にのぼらない真実ってのをそらんじるんだよ。経験ない?」
「ほとんど経験から来てますね」
「あの詞? 君の詞はさ、気づきあるよね。共感とも慰めとも違う、ちょっと高いところにいるよ。音楽に救いを求めるみんなは、見えない重石を背負っているの。それに肩を貸すのが歌さ。でも、一過性じゃ意味ないじゃない? それで、気づきって言ったけど、『君、何か背負っているよ。気づいたら持ち上げ方わかるんじゃない?』ってのがこれから俺の行きたいところなのよ」
 俺は何のために話を聞きに来たのかを問うてみた。俺の不思議な詩を、新しいボーカル君の声の魅力と混ぜてみたい。そんな話だった。世に出ることは確からしい。何せ鎌田さんは、そのボーカルの子に惚れて付いて来たらしかったから。鎌田さんは一万円を俺に手渡した。
「せっかくだから歌いたいだけ歌いなよ。悲しい話じゃないよ。話はだれ経由がいい?」
 俺はコウちゃんの名前を出して、鎌田さんを見送った。荒井由美の「DESTINY」を歌った。何とも染み入るじゃないか。部屋のダウンライトが脳天から照らして、孤独を知らせる。ここにある空気がぴったり体に張り付いて、今以上の自分になれない事を悟る。浸透圧の問題で、流れ出ちまった。より濃い鎌田さんに吸い取られちまったんだな。それはそれは平和な気持ちだった。そんな時、女からメールが来た。

 私のこと抱く時苦しくないですか?

 それだけのメールだった。

 俺、勃起障害があるんだ。

 心が腹の底まで落ちてゆき、大事な物を拾ってきた。
「すき」
抱きに行かなきゃならない。
俺たちは土星とその輪のように愛し合った。二つで一つ。美しい。俺は今、飛び上がらなくていいような気がしている。この高度を保っていれば山は越えられる。彼女の隣で考えごとをする。
俺はこのちょっと特異な声がなければ、この世界には入らなかった。この声が失われることがあっても、俺の魂は壁をスルリと抜けて別物になり、人々に触れる。この声は、わかりやすい道を避けて、薄暗いトンネルを通り、この魂を導いた。それは、隠していた輝くような肉体で金持ちの愛人になるみたいに、密やかに。俺を覆っていた薄暗い闇。そ
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