カナリア三浪
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? あのさ、観客が持っているパワーがさ、太陽の光でさ、それで輝くのがお前じゃない? それ逆? でもさ、太陽の厳しさを柔らかくして、その意味を知らせるのが月じゃない? つまりはアーティストは月なんだなと思ったわけよ」
俺は笑う。この男の言葉はなんだか底知れぬ力があって、俺は理性の乏しい笑い方をしてしまった。そして、言葉を反芻する。
「俺はちっちゃいけど、恒星だな」
「ちっちゃい? なんで? その、卑屈が消えたら死んでた部分よみがえるよ。心のひだ、機微みたいなもんが復活するよ」
俺は、さっきまでステージにいた彼女にメールを打とうと思う。
負けたくない。
彼女は俺のことをよく知っていた。自分の声にわらけてしまうことや。いい女と寝たこと。自身が性の対象であった事を。俺は何度も彼女と寝ようと試みた。
「彼女を口説こうとすると、分離するんだ。欲と理性。タッグを組んでなきゃいけない奴らが喧嘩するんだな」
「ねぇ、欲って太陽かな、月かな」友人が問う。
「太陽な気もするけど、月かもな」
友人は今夜のライブをほめながら、俺を持ち上げるようなことも口にして終始上機嫌だった。こんなにも毒を吐かず、他人の良いところを、一見無価値な骨董品を鑑定するみたいに見つめて、疲れないのだろうかと思う。誰しも、どっかで他人を軽んじて、けなして心地よくなる事もあるだろに。彼は他人をほめる事に快感を覚えているかのように笑顔で酒を飲み、語るのである。その顔は二十代にしては老けていて、とても幸福を享受しているとは思えなかった。どちらかというと不運な方だと思う。今まで一人の女しか抱いたことはなかったし。ペニスもそれほど大きくはない。だらしなく唇が歪んでいるところもある。俺もたまに他人をほめるが、それは理性の輝きを楽しんでいるふしがある。
みんな自分の飛び出たところをバネにして宙に舞い上がり、下にある風景を笑いながら眺めている。たとえ自分にあからさまな勝ちがなくとも、仲間で笑いあえるネタがあれば雲の上を飛ぶことができる。
この男、勇気はあるだろうか? 人間、自分を信じてこだわりの世界へ入って行くのは怖いだろう。俺はカナリアみたいな声を持って世界に入っていった。その世界へ入って行けた時の快感は、薄い膜の向こうにも酸素があった、というような喜び。告白が受け入れられた後の、意識の広がり。そして幸せの沈黙。瑣末なことへの辟易。勇気を持って世界に挑めば、どんな結果でも腹の座った奴になるのだけれど。こいつももっと醒めないだろうか。醒めた奴の方が一緒にいて落ち着く。
「俺の感性は何も、新しい世界を切り開く物ではないよ。あの世紀をまたいだ爆発的魂を醒めた目線で見つめたものだよ」そう言って。話を軽くいなした。友人は俺をほめ続けていたから。これ以上は持ち上げられまい。「燃えちまった
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