カナリア三浪
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扉を開けて端っこのスツールに座る。スミノフを飲んで米神の緊張をゆるめた。俺の出番はすぐやってくる。受験みたいにすぐやって来るんだ。俺の前には高校時代の友人が座っている。ライブが始まった時にはもういたらしい。暗いフロアで彼を見つけるのは容易だった。青白く、坊主頭だったから。ステージから跳ね返る照明が彼の疲れを照らしていた。酒を飲むと疲れるらしい。彼女に呼ばれて、友人の肩をなでてステージに向かった。
歌っているうちに自分の声ではないような気がして、俺はまるで可愛い女の子みたいになった。俺は怖くて硬くなってしまう。それでも絞りだした声は、昼間蓄えた光とともに観客に届いたみたいだった。数人の顔が、目をきらきらさせて呆けているのが見えた。俺にとってこの声は人並みはずれたペニスなんだな。びっくり箱みたいなもんだ。
「この歌、クリスマスっぽくない? でもね、彼の声、神様に通じるようなクリアな声でしょ? そしたらさ、なんだかM″な神様が降りてきたって感じじゃない? 体に染み入るのが痛くて心地いいみたいな」
俺がステージを降りた後、彼女は宝石みたいなジャジーなクリスマスソングを歌った。彼女の声は俺の心を、バイオリンの弦のようになでて震わす。意識にまとわりつく『プルプル』それを壊さないように優しくなでるのです。その声は雪の結晶みたいに確かな輪郭があった。守らなければならないんだな、と反射的に思った。フロアを見ると、柔らかな、また真剣な表情で人々が彼女を見つめている。観客は彼女に与えられながら、同時に彼女を守っている。
わかりやすい答えばかり
選んじまったら
真実が目の前にあっても
理解できやしない
幸せと不幸せが
どっちの目がいいか
競っている
光はガラスを通って
少し曲がっているようだ
意識が不意に遠くなって詩を吟じてしまった。予想以上に緊張していたのかもしれない。
「感じるだけの肉袋だよ」友人の、彼女への賞賛を聞いてそう言った。「女の感性をフルに活かしたら、素晴らしい芸術が生まれる。そんなコメントを昔、本で読んだんだ。俺はクラスの女子を思い出していたんだよ。彼女たちの感受性は、醜いものを排斥するために使われていたからさ」俺と友人はバーで酒を飲み交わしていた。
「でも お前、女子から嫌われていなかったじゃない」
「醜いものを疎んじる力は、同時に醜いものを生む」
「何それ? 自論?」
「ちゃちな正義心かも」
「量子力学じゃない?」そういって友人は笑う。
「彼女、美しかったか?」
友人は「うん」と、短く答えて「何で?」と訊いた。
「水晶ってあるだろ? あれ、邪気を吸い取るんだってな。だったらその邪気はその後どこに行くんだ?」
「罪のある人のところだよ」さらりと言った友人の目が潤んだ。「歌の話していい
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