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ランナーとの戦い
第七章
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第七章

「あいつの足、それに」
「石渡ですね」
「あいつのバント」
「この三つがある」
 石渡はバントの名手でもある。いてまえ打線は決して力だけの打線ではない。そうした技もまたあるのだ。その打線を作り上げたのも西本なのだ。
「この三つを重ねてや」
「スクイズですか」
「ここは」
「いける」
 西本はだ。勝利を確信していた。そうしてだ。
 サインを出した。それを藤瀬も石渡も見た。
 それからだった。江夏は投球フォームに入った。その瞬間に。
「なっ!?」
「走った!」
「まさか!」
 両チームのファン達が思わず叫んだ。藤瀬が走ったのだ。
「スクイズや!」
「それか!」
「まさか西本さん」
「ここでか!」
 スクイズは言うまでもなく奇襲だ。奇襲は成功した時は大きいが失敗したその時はダメージが大きい。だからこそそれを出す時は決断が必要だ。
 シリーズの、日本一がかかったこの場面でスクイズという究極の奇襲を繰り出す、西本はそれができた。将として、まさに不世出の証であった。
 それを見てだ。広島ベンチも古葉も唸った。
「やっぱり来たがな」
「やりましたね、西本さん」
「ここで」
「来るとわかっててもじゃ」
 それでもだというのである。
「普通の人間には絶対にできん」
「西本さんじゃからですね」
「あの人でしか」
「できんわ」
 まさにそれだけの采配だというのである。
「凄い人じゃ、わしなんか足元にも及ばん」
 彼をしてだ。ここまで言わせる人物だった。しかしだ。
 勝負だ、古葉もだった。
「叫ぶんじゃ」
「はい、ここで」
「今は」
 ベンチも頷きだ。そうしてだった。
 広島ナインは叫んだ。江夏の背中に。それでスクイズを知らせたのだ。
 江夏は既に投球に入っている。走る藤瀬も横目に見ていた。だが。
 普通に考えればだ。投球フォームに入っている。これではだ。
「勝ったで!」
「これでや!」
「江夏はもう投げはじめとる!」
「ここまで来たらや!」
 どうかとだ。近鉄ベンチは会心の笑みを浮かべた。
「もうボールは外せん!」
「スクイズは成功や!」
「絶対にや!」
 誰もが近鉄の勝利を確信していた。このスクイズが決まればまさにであった。
 だが江夏はだ。ここで恐るべきことをしてしまった。
 投げようとしていたボールはカーブだった。目はバッターの石渡とキャッチャーの水沼にある。両者を最後まで見続けている。
 そしてだ。見ながら。
 咄嗟にだ。カーブを曲げるのを止めてだ。ウエストを投げたのである。
「これでどうや」
 投げてからだ。江夏は言った。
 投げ終えてから横目で藤瀬を見た。その強敵をだ。
「御前に勝ったか」
 投げてからまたバッターとキャッチャーを見る
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