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誰が為に球は飛ぶ
夢のあとさき
参拾伍 一生分の夏
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今晩は久しぶりである。

校舎を出ると、冷たい風が吹き付けてくる。
歩くたび、雪がザクザクと音を立てる。
2人は身を寄せ合って歩く。
そうしないと、たまらなく寒い。

「…ねぇ、碇君?」
「何?」

黙って歩いていると、玲が口を開いた。

「これからの事、何か決めた?」
「これからの事って、例えば?」
「どんな事でも」

真司は夜空を見上げた。
空は相変わらず曇ってるようだ。
黒く、もやがかかっている。

「…決めてないなぁ、全然。大学には行こうと思ってるけど」
「…そう。大学でしたい事は?」

真司はフッと笑った。

「…その時したい事をやる、それが一番かな。野球がしたければやるし、したくなければやらない。チェロを弾くのも良いし、全く今までと違う事をやるのも良いよね。」
「…そうね」

玲は更に、真司に体を寄せた。
華奢なその体を真司はしっかり受け止める。

「良かった。少し、元気になったみたい。碇君が、自分を取り戻したみたい。」
「…去年の夏から、どこか囚われてたような気がするんだ。あの夏の自分に。でも、自分自身の残像に縛られるのって、ちょっとバカバカしいよね。それに……」

真司は玲の顔を覗き込んだ。

「今の僕を受け入れてくれる人も居るからね。あの夏の僕は今も大勢の人達の中で生きてる。今この場所に生きてる僕も居る。どちらも僕だよ。どちらかを否定する必要は、ないかなって思うんだ。」

玲はにっこりと笑った。
これまで真司に見せた笑みの中で、一番の笑みだった。真司も同じように笑った。
2人に笑顔が溢れた。



ーーーーーーーーーーーーーーー



あの夏の僕が守りたかった物は何だろう?
多分、それは成績とか名誉とかそんなのじゃなくて、

周りの人の気持ちだった。
僕に期待してくれる大勢の人の、
まるで祈りにも似たその気持ちを、
裏切りたく無かったんだ。


今はもう、ピッチャーはできないけど。
でも、周りの気持ちにだけは。
特に、側に居る人の気持ちにだけは。


誠実で居たい。
ずっと。


それが、何よりも。



大切な事だと思うから。




























「誰が為に球は飛ぶ」完








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