夢のあとさき
参拾伍 一生分の夏
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真司を見た。
真理は1年の夏以降、週に一回、第三新東京市の女子野球チームに参加している。4番ショートで、かなり上手いそうだ。普段はマネージャーをしているが、このように体力トレーニングには参加して、自身の体を鍛えている。
「受験勉強も少しはやったみたいですけど、結局、トラ先輩は野球しか考えてないんですよ〜ずっと練習してなきゃ、あんなに動けないですって〜」
「…確かになぁ」
室内運動場にできた打撃練習場で、トレーニング後にも関わらず打撃投手として後輩達に投げる藤次を、真司は眩しそうに見た。
「…わんこ先輩、キャッチボールしません?」
「えっ?」
「私、前からずっとわんこ先輩とキャッチボールしたかったんですよ〜」
「あ、ああ、良いけど」
「やったー!じゃ、これ使って下さいにゃ〜」
「え?これ、青葉のグラブ…」
「キツネくん今トレーニング中ですにゃ〜。大丈夫大丈夫」
半ば強引に青葉のグラブを押し付けられ、真司は真理に連れ出された。
ーーーーーーーーーーーーーー
パシッ
グラブの乾いた音がする。
この寒い中では、軽く投げた球でもグラブの中での手がジンジンと痺れた。
真理が選んだ場所は駐車場。
グランドを荒らさない為だ。
積もりつつある雪を踏みしめ、足場に気をつけながらキャッチボールを続ける。
「にゃはっ、ホントにわんこ先輩、構えたグラブを外しませんねっ」
真司とキャッチボールする真理の目は楽しそうにキラキラと輝いている。
「ま、塁間くらいだからね。力入れて投げてないし。」
真司は慎重に、一度壊れてしまったその右腕を振る。指先から放たれた球はゆっくりと、しかしスーッと糸を引くように真理のグラブへと吸い込まれる。
「あっ、こんな所に居た」
そこに青葉が走ってくる。
どうやら、自分のグラブの在りかを探していたようだ。
「ああ、ごめんごめん。使わせてもらってた」
「いえっ、それは全然、大丈夫ですよ」
真司はグラブを青葉に返す。
真理とのキャッチボールは唐突にその終わりがきた。
「…どうです?肘の調子。大学で野球、やれそうですか?」
「う〜ん、どうだろう。良くはなってると思うけど……」
青葉に尋ねられた真司は、渋い顔をした。
野球ができるかと言われれば、今年の夏みたいに一塁を守るくらいなら問題はないだろう。
ただ、ピッチャーとしてもう一度全力投球できるかと言えば、これは中々難しいのではないかと感じられた。
「…剣崎さんも律教で頑張ってるし、藤次も仙宗で頑張るのにね……いや、情けないなぁ……」
真司は自分の肘を見つめて、唇を噛んだ。
剣崎の試合を見てからというもの、まるで自分が取り残されてしまったような気がして
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